【掲示板】


ヘリコニア談話室ログ(2003年7月)


「ミューズ」 投稿者:管理人 投稿日: 7月30日(水)22時56分51秒

高野史緒「ミューズ」(『夏のグランドホテル』光文社文庫2003、所収)

設定を同じくする、一種のシェアワールドものなので、オリジナルとはいえないかも知れないのだが、レストラン<ジル・ド・レ>の、海に向かって開けるバルコニーの向こうに見える、海と流星の描写が素晴しく美しい。まるでヴァーミリオンサンズのよう。

たとえ設定はオリジナルではなくても、その描写自体は、まさに作者のイマジネーションであり力量だ。全部合わせてもわずかに十数行の描写なのだが、この小説の「世界」をくっきりと読者の「脳内スクリーン」に刻み込む力に満ちている。

小説の構成は、一種の叙述トリックである。「例えば、この……」で鮮やかに切り替わっているのだが、初読では気づかず、最後のどんでん返しにまんまとはまってしまいました(^^; 

検証のための二読目で、その鮮やかな手口に感心させられたのだが、かかる構成の妙と軌を一にして、ラストでは主調音であった叙情的な装いがはらりとほどけ、「乾いた(黒いといってもよい)笑い」が姿を現す、その転換も鮮やか。

典雅と下世話を入れ子にするこの傾向は「アイオーン」あたりからではないかと思うが、本篇ではそれがしっくりと融合して、自在感を増したように思う。著者の進境著しいエポックメイキングな作品といえるでしょう。

佐藤洋一郎『イネの文明』、読了。感想は後日ということで。
編集済


 投稿者:管理人 投稿日: 7月29日(火)22時16分31秒

ご芳名を間違えてしまいました。申しわけありません。訂正しました。


SFM9月号買いました 投稿者:管理人 投稿日: 7月29日(火)20時58分19秒

大橋さん
ようこそお越し下さいました(^^)
SFJの眉村先生の記事、期待しております!
もちろん、真っ先に買わさせていただきますので、発売が近づいたら、また告知しに来て下さいね。

>その間に、ちょこちょこ、書き込みをさせていただきます。
ありがとうございます。どうぞお気軽にお越し下さい。よろしくお願いいたします。

>今、『夕焼けの回転木馬』を読んでいます
おお(^^) この本に出てくる、梅田の――新地の入り口にある赤提灯はモデルがあるんですよ。
昔、偶然入ったその店に、先生の色紙かなんかがあって、女将に訊いたら、よくいらっしゃるとのこと。
それで何回か通っているうちに、実際に先生が入ってらっしゃったことがありました(まだ先生が節酒されてない頃ですからずいぶん昔になります)。おごっていただいた上に今後先生のボトルを使ってよいとおっしゃってくれました(^^)。もちろんそんなことはしませんでしたけど(^^;。
この前お聞きしたら、その店、今はもうないそうです。

Yさん
>徹子の部屋」見ました。
ガーン!! 来客があって見そこなっちゃいました(泣)
1778話、先生が朗読されたのですか? ああ見たかったです〜、、、

>「忘却の船に流れは光」(田中啓文)一気に読みました。力入ってますね。
お、すばやい(^^;
私も手に入れましたよ。「ワイルド・ボーイズ」を読み終わってから、と思っていたのに、そんなこと言われちゃ、フライングしちゃうかも(^^;ゝ

高野史緒「ミューズ」(『夏のグランドホテル』所収)読みました。
うーん、、、いいですねえ。読み終わってまた最初に戻って、2回も読んでしまいました(^^)
感想は後刻。
編集済


はじめまして。 投稿者:大橋 投稿日: 7月28日(月)23時29分51秒

某、掲示板の書き込みへのお返事を某、掲示板にするのもなんだなと思って、
こちせに、書き込みしています。

はじめまして。
某「SFJapan」の件は、発売が近づいた頃に、プロモーションの意味で、
詳しく、書きたいと思っています。あんまり文章が下手なので、ファンの方々
に対して、恥ずかしいのですが、皆さんに買っていただけると、また、次の企
画がやりやすくなるので、ぜひとも、ご協力を、という感じです。
とりあえず、8月の中旬に入稿で、9月の発売です。その間に、ちょこちょこ、
書き込みをさせていただきます。

今、『夕焼けの回転木馬』を読んでいます。まったくもって、眉村さんらしい
作品ですね。眉村さんにインタビューをさせていただいていた間も、時々、眉
村さんが薄くなっていました。今でも、あっちに呼ばれることがあるんでしょ
うね。

管理人さんにしかわからない文章ですみません。


見ました 投稿者: 投稿日: 7月28日(月)20時03分11秒

とかいいつつまだダイアルアップです。

「徹子の部屋」見ました。
何度見てもあの1778話は泣けます。奥様の写真も何枚か出てました。
(高校野球地方大会の放送で遅れて、でしたが放送されてよかったよかった)

「忘却の船に流れは光」(田中啓文)一気に読みました。力入ってますね。
Jコレクションの行く末が楽しみです。


徹子の部屋 投稿者:管理人 投稿日: 7月27日(日)22時24分26秒

さて明日はいよいよ、眉村先生ゲスト出演の「徹子の部屋」ですよ(^^)
みなさまお忘れなきよう!
13:20〜13:55という時間帯は、勤め人にはちょっと難しい時間帯ですが、お昼休みをうまく合わせてご覧下さいね!(私が一番危なかったりして(^^;)


相互リンク 投稿者:管理人 投稿日: 7月27日(日)14時31分17秒

大阪芸大文芸学科の卒業生を対象にした同人誌「寄港」(年2回発行)の編集部のサイト寄港にリンクさせていただきました。→リンク集
編集済


レスポンス 投稿者:管理人 投稿日: 7月26日(土)19時23分35秒

Yさん
ADSLですか。早いんでしょうね。うらやましい。
うちは2世帯住居なのでダイヤルインになっていて、ISDNを止めるわけには行きません。ADSLはISDNにプラスする形でしか付けられないそうで、いまのところ断念しています。もっと安くなったら考えるつもり。

>「原っぱのリーダー」
こんな形でしか読めないのは残念ですね。そういえば単行本未収録作品かなり溜まっているのではないでしょうか。
「夢まかせ」なんか傑作中の傑作なのに、SFMのバックナンバーなんてよっぽどの図書館にしか置いてないでしょうから、読むのほとんど不可能に近いですよね。
なんとか1冊まとめてほしいものです。

土田さん
田中啓文、ようやく出ましたか(^^) bk1でチェックしてみました。なんか大作のようですね。ネットの評価はぼちぼち出てきてますか?

わが町は田舎なので、Jシリーズは、大体1か月遅れで入荷してきます(汗)。まあ入ってくるだけましで、そういえば異形コレクションはいまだに入荷してませんな。
そういうわけで、今回は悠長に待ってられないので、まとめてbk1で注文する事にします(^^;

>今日泊亜蘭
じつはほとんど読んでないのです(^^; 海王星市ナントカというのを読みかけて、途中で放り出したきり。「縹緲譚」が読みたいんだけど、しかしこれは全然見つかりませんね。
入門書はやはり「光の塔」ですか。

河本さん
>なんで中さんのHPにあるの?
中さんの所に間借りしたのが先で、HPはその後に作ったからなんですね。
私の思惑では、「風の翼」の名の下に、眉村さんの不肖の(?)弟子たちの各HPがリンクされている、という形にできないかなあ、と当初は考えていたんですけどね。まあカタチとしてはそうなっていますが、中さんの所が超有名サイトになっちゃったからなあ。

>書評
私のは書評ではなく感想文(^^;
書評という語感には、偏見かも知れませんが、(とりわけネットにおいては)本を売るための文(あるいは購入の一助となる文)というニュアンスがあるように思うので。
私は自分が面白かったらめったやたらと褒めちぎりますが、面白くないと口を極めてののしるわけです。そういうスタンスなので、自分のは書評ではないと思っています。かといって批評かといえば、そこまで厳密なものではないですね。やはり感想文でしょう。

しかも感想文としてもかなり歪んだ感想文だと自負(汗)しているので、できれば当該作品の読後、私の感想を参照していただきたいなあ、そういう風に利用して下さると嬉しい。アップする甲斐があるというものです。
「ふーんそんな読み方もあるんや、変わった奴っちゃなあ」と呆れてほしい、というのが私のささやかな願いなのです(^^;

W・S・バロウズ『ワイルド・ボーイズ』に着手しました。(73/246)
佐藤洋一郎『イネの文明』に着手しました。(116/216)


名書評家 投稿者:河本 投稿日: 7月26日(土)15時49分22秒

 大熊さん
 >書評
 毎回読ませていただいています。
 本選びの参考にしていますよ。>買って、読んでいないのが何冊かある (^^;)
 けど、なんで中さんのHPにあるの?
    


新刊 投稿者:土田裕之 投稿日: 7月25日(金)22時05分34秒

Jシリーズの新刊が出ておりました。
おまけに今日泊亜蘭さんの単行本未収録短編集も出ていました。
全部買ったことはいうまでもありません。
(本当はさらに買いましたけどね)

『六甲おろし』って佐藤惣之助の作詞だったんですねえ。びっくり。


ブロードバンド? 投稿者: 投稿日: 7月25日(金)21時09分26秒

ついにADSLを申し込むことにしました。
工事が8月の予定ですが、うまくつながらないかもしれないので
しばらくこちらに立ち寄れなくなるかも知れません。
メールアドレス、ホームページアドレスはそのままの予定です。

>「原っぱのリーダー」
いいですね、あれ。少年の眼というテーマにぴったりだと思います。

いまイーガン「しあわせの理由」読んでいます。
イーガンにしてはわりと読みやすい短編集です。バイオものが多いからかも。


「原っぱのリーダー」 投稿者:管理人 投稿日: 7月24日(木)22時24分50秒

眉村卓「原っぱのリーダー」(川本三郎選『少年の眼』光文社文庫1997)を読みました。

かつては町といえども至るところに原っぱがあり、子供たちの遊び場となっていた。そこでは必ず年長のリーダーがいて、年少者にいろいろな遊びを伝授したり、威張っているんだけど、なかなか面倒見がよかったりして、子供たちは知らず知らず「社会」を触知したものだ。

けれども、いつしか町から原っぱが消え、そういうちびっ子ギャング集団も消滅してしまった。
でも――ときに地上げされたままほったらかしになったり、マンション建設が立ち消えになったりで、そういう空き地に雑草が茂り始めて原っぱが現出する場合がある。

そして、そんな風にしてできた原っぱに、どこからともなく現れ、近所の子供たちのリーダーになる小学5、6年生の子供がいるのだ。名前をテツオという。そういう原っぱに必ず現れ、低学年の子供たちを引き連れ、タケトンボを教えたりして遊び、また何かと元気づけてくれたりする少年、テツオ。

高校2年生になった「ぼく」は、学力コンクールでよその高校に赴いたとき、その近くの空き地で遊び回っている子供たちの中に、テツオを見つける。テツオは10年前と全く変わらず小学5、6年生の姿なのだった。

 きっとテツオは年をとらない……空き地があればそこに出現して子供たちのリーダーになる存在なのだ。そして、一緒に遊んだ子供たち、そうしようとした子供たちに力を及ぼし、子供たちを変えようとしているのだ。人間ではなく、そういう存在なのだ。ぼくはそうだと信じているのである。(289p)

 ――現代社会の「遠野物語」というべき逸品です。

○本日の収穫。
 川田武『戦慄の神像』(角川文庫)50円
  〃 『闇からの叫び』(角川文庫)70円
  〃 『ピラミッドの日』(角川文庫)70円
編集済


ヘテロ読誌 投稿者:管理人 投稿日: 7月22日(火)23時15分37秒

ヘテロ読誌6月分を仕上げ、中さんにメール。今回はずいぶん長尺になってしまいました。これまでで最長かも。
もっとも最近の中さんの、最近八面六臂の活躍ぶりは、名張人外境でご存じのとおり(^^;。
というわけで、ヘテロ読誌のアップも、今すぐというわけには行かないと思われます。気長にお待ち下さい。って読んでくれている人がどれだけいらっしゃるのか、はなはだ心許ないところ(>いるのだろうか(^^;ゝ)


「トルネイド・アレイ」 投稿者:管理人 投稿日: 7月20日(日)21時30分53秒

ウィリアム・S・バロウズ『トルネイド・アレイ』清水アリカ訳(思潮社、1992)

本文読了。
この本、102pしかありません。しかもそのうち40pが解説なのです。枚数に換算したら、解説の分量のほうが多いかも知れません。解説を読まなければ読み終わったという感じではない。
で、「本文読了」と記した次第。
実質50pに満たない本文ですが、しかも1p=35字×14行なので異様に薄いです。そのなかにごく短い話が7篇収録されています。アッという間に読み終わりました。

正直なところ「小説」としてはもの足りません。
訳者あとがきによれば、本書収録作品は、バロウズが80年代に多く試みた「朗読」のための原稿をまとめたものらしい。そうと知れば納得できます。

たとえば冒頭の「感謝祭 一九八六年十一月二十八日」という作品は、小説というよりも詩。それも聴衆に向かって訴えるような形式で、私は最初期の岡林信康のフォークソングを思い出しました。たとえば「くそくらえ節」なんかを想起していただきたい。非常に浅薄なのだが、現場の聴衆にはワーッと受けたんではないかと思われます。
 感謝を捧げよう。/クー・クラックス・クラインに。/黒んぼ殺しの、誇り高き保安官に。/教会通いのご立派な女どもに。

「証券取引所、襲撃」ではワスプが嘲笑される。聴衆はバロウズによって朗読されるワスプの行動の一々にどっと笑うのだろう。

「ジョー・ザ・デッドのかわりに話そう」は、「典型的な社会病質者」「生まれついての与太者FU(FUCK UP)」が殺人事件を起こし、かれの精神科医(上のカッコ内の規定はこの医者の言葉)が、やってきた当のFUを拳銃で撃ち殺す。

「悪臭を放つ街路の果て」は、これはバロウズらしいSF(?)。レジーの体からムカデと植物の合の子のようなものが繁殖する。何とか助けようとするが卵や幼虫を吐き出し始めるに及び、医師たちは救出をあきらめ灯油で焼き払う。医師たちはレジーが実験室での実験中に何かが起こったのだと考え、実験室を破壊するために出発する。[実験室がどこにあるか知っているのか?」「もちろんだ。行くべきところはわきまえている」夜明けとともに出発する。行き先は「ドンづまりの街路の果て」――

「堕天使(オチコボレ)」これが一番「小説」らしい。老家主の部屋に、娘を食い物にされたインディアンが押し入ろうとする。家主は警察に連絡し、押し破って入ってきたインディアンの足を狙ってぶっぱなす。ちょうどそこへ警官が駆けつけ、拳銃を構えた家主を犯人と早とちりして撃ち殺す。失態に気が付いた警官はインディアンを射殺し、インディアンが老家主を殺したように細工する。しかしそんな細工はすぐにばれ、警察署長の知るところとなる。所長は名誉挽回のチャンスを与える。署長の野望は彼をいらつかせるコラムニストやリベラル派を片っ端から抹殺することだ。

「影の書」バロウズの分身めいたリー・アイスは癌で余命一,二か月と医師に言われる。痛み止めの(モルヒネかヘロインの)処方箋を書いてもらうリーにモルヒネを打ち始めたきっかけの事件の記憶がよみがえる。……(この話は朗読のあと、客席がしんと静まり返った?)

「最後の場所」は、映画かドラマのシーンのような話。イシュメイル以下四人は隠れ家が見つかったような気がして脱出する。途中、地元の人間を捕まえFBIのふりをしてメキシコへの抜け道を聞き出す。しかしそれはバレバレだった。抜け道で、かれらは警官の待ち伏せに合う。銃撃戦。イシュメイルはうとうとしていた。撃ち合いの夢を見た。ここはメキシコ。メキシコシティで、初めてマリファナを吸った。少年がしゃれこうべをしゃぶっている。なぜいけない? それを覚えたのは感化院でだ。バニラのにおいがする。感化院ではよく飲んだ。少年と二人で花火をみつめる。2つのねずみ花火がそれぞれ逆方向に回転。その間にできた暗黒の空間が次第に広がり全世界を覆い尽くす。イシュメイルは担架の上で息絶える。……


Midnight Meet TRANE! 投稿者:管理人 投稿日: 7月17日(木)21時33分14秒

今日はコルトレーンの命日。恒例トレーンを聴きまくる日であります。
コルトレーン(アウト・オブ・ディス・ワールド)→アフリカ/ブラス→オレ→クルセ・ママ→セルフレスネス……今夜の予定(アセンションを聴きたかったんだけど、貸し出し中(ーー;)。
コンビニで安バーボン買ってきました。以前買ったのに付いていたアルマイト(?)のコップも用意しました。
レコードも並べ終わった。……風呂はとっくに入っている。

さあ、それではトレーンに会いに、行ってきまーす!


「たかがバロウズ本。」 投稿者:管理人 投稿日: 7月16日(水)21時59分51秒

山形浩生『たかがバロウズ本。』(大村書店、2003)読了。

ウィリアム・バロウズに初めて出合ったのは、メリルの『年間傑作選7』でした(「おぼえていないときもある」)。これいいなあ、といっぺんに気に入って、早速サンリオ文庫の『爆発した切符』に手をのばしたのでしたが、こりゃかなわん、と早々に撤退しました(^^;
すごくいい(カッコいい)造語やフレーズや場面があって、それなりに雰囲気は判るんですけど、なにせ「流れ」ないので感情移入の余地がありません。通読することができませんでした。そういえば日夏耿之介に似てると思った記憶が。

本書は、そんな私が読んでも、とても面白かったです。とりわけバロウズの評伝の部分が面白かった。妻殺しは何となく知ってましたが、ほとんど知識がなかったので、ああこういう人生を送った人なのかと。
また、カットアップという手法が具体的にいかなる手法であるかも判った。小説の解題(?)は、もともと読んでないので、ふーん、そうなんだ、、、というレベルですが、それなりに納得しました。(自分が読めなかった理由はよく判った。私の読みは、はっきりいって文脈を読むという読み方なので、そういう読み方では読めるはずがなかったのです)

本書は、「難解な(^^;バロウズ」の本ですが、だからといってバロウズの小説のように、難解ではありません。いやむしろ研究書としても非常に平易に書かれた本です。しかもきちんと書かれた労作です。バロウズのことが何となく「判った」ような気になりました(読んでもないのに(^^;)。いい本だと思います。
これを機に、バロウズ読んでみようかな、という気持ちになってきました(大丈夫か?)。一応『裸のランチ』や『ソフトマシーン』を持っているはずですが、それよりもカットアップの比率が減って後ろ向きになったという『おぼえていないときもある』が私向きのような気がします(あと『ワイルドボーイズ』とか)。探してみよう。
編集済


ヘテロ読誌 投稿者:管理人 投稿日: 7月14日(月)23時41分29秒

阪神もないし、久々にヘテロ読誌を更新しようと、5月分、6月分を纏めていたのですが、一年書かなかったら書き方を忘れてしまっていた。時間のかかることかかること。結局5月分のみで時間切れ。中さんに送信しました。そのうち掲載してくれるでしょう(^^;

山形浩生『たかがバロウズ本。』に着手しました。124/422。


ホラーから「資本主義」へ 投稿者:管理人 投稿日: 7月13日(日)15時14分38秒

西の女王様の日記に、えべっさんの思い出話が記されていて、なつかしい(案外幼少時の行動範囲が重なっているのです(^^;)。このえべっさんは、私も子供の時分よく訪れたものでした(ちなみに神主さんは母校のOB会長で先年亡くなったのかな、隣の極楽寺には女子の同級生がいた)。
神社の前のタコヤキの屋台>私もよく買い食いしました。夏場はワラビモチだったのではなかったでしょうか。色とりどりのワラビモチにきなこがまぶされていて……容器は何だったのでしょう? やっぱり半紙でしたか??

ホラーとは自他の差異を契機として駆動する小説形式なので、ホラー作家や評論家が一般的なレベルより差別に対して鈍感(むしろ誇らしげにいう場合もある)なのは当然では? メリル女史がいみじくも洞察したように、水の存在に最後まで気が付かないのは魚なんですから。

大体、<人間>の認識構造自体が差別(分け)に根ざしており、だからこそ、それを自覚し克服しようとする<意志>は大事ですね。でもそれは言うは易く行うは難し。善男善女とはそういうことに無自覚な人のことでしょう。それだからこそ、ホラーは一定の人気がある。

ところで、実は資本主義も、<差異>からエネルギーを供給され駆動します。差異が大きければ大きいほど駆動力は高まるわけです。
かつて日本資本主義は地方の農村と都市の二重構造(端的には賃金水準の差異)をエネルギーとして回転を開始したわけです。現在、日本においては地方と都市の二重構造は解消されてしまいました。韓国でもほぼそうなりつつあるようです。一方農村部の懐が深い中国には依然として二重構造は存在し続け、中国資本主義はさらに回転力を強めています。一説によれば中国で都市と農村部が平衡状態になることは永遠にないのではないか、とさえ言われています。それほど中国の辺境は深いという意味です。

消費と生産の交差点である商品の部面においても、差異は欲望を喚起します。かかる差異構造に根ざした「欲望」こそが「資本主義」の駆動力となっていると論じているのが、佐伯啓思『「欲望」と資本主義終わりなき拡張の論理(講談社現代新書、1993)です。

かかる欲望の観点から著者は資本主義の歴史を再照射します。本書によってマルクスもウェーバーもある種一面的だったことが判ります。

SFMの鈴木論考で現実/理想の時代はマルクスが有効であった時代に対応し、現実/虚構の時代はマルクスが無効化し、ようやく欲望に自覚が至りはじめた時代といえるのではないでしょうか(広告の発展)。
それでは本書が書かれた1993年以降に出現した「動物化」の時代はどうか。まさにかかる「欲望」の無限拡大を契機とする資本主義がその自己の本質に自覚し、消費者を完全に資本主義の回転の一歯車(歯車に判断力は不要)に組み込み終えた時代といえるのでは。つまり「人間」は消滅し、残るは「資本主義」ばかりなり。

まとまりませんがとりあえず備忘。
編集済


巨人、借金生活へ 投稿者:大熊宏俊 投稿日: 7月12日(土)22時12分43秒

土田さん

>マーブル騒動 
あ、これ面白そうですね(^^)。森下さんでしたか社会SFと評されていましたっけ。読まねば。
日本SF新人賞作品って、(力量未知数の)新人の、しかもハードカバーということもあって、よほど好評でなければ、ちょっとためらってしまうのですよね。そういえば『ドッグファイト』もまだだった。こっちも読まねば(^^;

今日のTG戦を観てましたら、もはや巨人は戦意喪失状態ですね。全く集中力が切れてしまっています。オールスター後早い時期に、原の辞任があるかも。


井上剛 投稿者:土田裕之 投稿日: 7月12日(土)12時37分31秒

マーブル騒動 読了しました。
牛が知能を持ったらどうなるか?
知能を持った動物を食糧にすることができるのか?
ということをテーマにしたSFです。

思弁的SF小説であるとともに、家族小説でもあります。
面白かったので買ってある、この前出た新刊も楽しみです。

平谷美樹さんの本も読まなきゃですねえ。

ニュースを見るとナベツネがほざいているようですが、各球団のオーナーも
巨人以外の11球団でリーグを結成するくらいの気概を見せられないものでしょうか?
(もちろん巨人との選手の異動はなし)
経営的に見ると、そんなに膝を屈しないといけないのでしょうか?
巨人戦が見られれば良いと言う人はいまだにそんなに多いのでしょうか?
本当に腹が立つことです。


「約束の地」 投稿者:管理人 投稿日: 7月11日(金)22時08分25秒

平谷美樹『約束の地』(角川春樹事務所、2003)、読了。

うーむ。今年の星雲賞と日本SF大賞は「スターハンドラー」の完結にW授賞させるといったばかりなんですよね。その舌の根も乾かないうちに「スターハンドラー」にまさるとも劣らない傑作を読んでしまいました。
これは困った。どうすべえ。としばし悩んだ末、そうだ、と私はポンと両手をあわせました。
「こうなったら「約束の地」は直木賞で我慢してもらおう!!」(ってお前は何様だ(^^;)
などと、一読者をハシャガセる程の、「約束の地」は大傑作でありました。あまりの面白さに、仕事に支障を来して読み耽ってしまったことでありますよ(汗)。

「スラン」以来のSFの定番中の定番、<迫害される超能力者>テーマです。以前嵐山さんがおっしゃっていたことですが、ミステリ系の作家が描く<超能力者>ものには、<迫害される>という部分の意識が希薄で、<横丁の超能力者>(つまり近所に超能力者が住んでいてその行使する超能力をだれも不思議とも脅威とも思わず雑居している)といった不思議な距離感が(変化球としては面白いといえるかも知れないけれども)純SF読者としては、折角の<装置>を十全に使いこなしてないというもどかしさを覚えるのですが、本書はまさに「直球一直線」(風野春樹)の(70年代)SFらしい超能力者ものでありました。

作品構成的には、筒井の「俗物図鑑」と同一構造。前半、それぞれ得意技(?)を持った各超能力者(各評論家)が集まって来、後半彼らが籠もった「約束の地」(梁山泊ビル)が官憲によって包囲攻撃されます。超能力者はむしろ忍法帖の忍者のイメージか。ある意味サイボーグ009の世界かも(^^;。

SFMで風野春樹さんが「70年代日本SFの再来を思わせる力作」と手放しで褒めておられますが、まさにそのとおり。半村良と平井和正の良質なところだけを混ぜ合わせたような面白小説なので、そうそう、これは特に蜆川さんに強くお勧めしておきましょう。きっと蜆川さんもお仕事に支障を来すことでしょう(^^;

ところで上に引用した「70年代日本SFの再来」ですが、70年代SFというカテゴリーは、実は今ではSFと認識されないものも含むかなり広いものだったわけです。風野さんがこのような表現を使っているのは、言外に「本書は<現在>ではSFとしては周辺的である」ということをいいたかったのかも知れません。

私自身も<超能力>テーマは、厳密にはSFに含めることはできないのではないかと考えています。なぜなら超能力が「ある」なら、それは「能力」に過ぎないからで、SFとして描くためには、この「能力」であることをきっちり説明しなければなりません。本書ではそのために「量子論」が援用されていますが、まあお茶をにごす程度(この辺を突いてくる批判がきっとあるはず)。
つまり純然たるSFとしてみれば<軽SF>とでもいうべきものといえます。ですが、それがどうした、と私はいいたい! そんなことは些細な問題で、本書はエンターテインメント小説の王道を行く超面白小説なんです。

実は私も、最初は「些細な」問題に拘泥していたのです。が、読みすすめるにつれ、そんな小さなことはどうでもよくなって作品世界にどっぷり浸かって、いやもう作者の思う壺にはまっちゃいました。
これぞ大人の読むに足る重量感溢れるエンターテインメント。ビシビシ決まる重いパンチは、凡百のライトノベルが束になってかかってもかないません。
しかも作者は、この1100枚の大作を、途中滑らず走らず、かといって滞りもさせずきっちり描ききっていて、読者をそらせません。大した筆力です。その粘り強さにも感心させられました(東北人特有のねばり強さでしょうか?)。

最初に冗談っぽく書きましたが、実際冗談ではなく(春樹事務所さえその気になれば)本書は<直木賞>を十分狙える面白小説であり、むしろSFの読者層を逸脱して、(これも出版社の売り方次第ですが)もっと広い読者層に支持される可能性がある(ベストセラーを狙える)傑作ではないかと思いました。(ところでこの小説、映画化できるのでは? この結末は多少変更しなければならないかも知れませんが(^^;)


半額セール 投稿者:管理人 投稿日: 7月 9日(水)20時58分51秒

なので、ツタヤに寄って来ました。しかし――いまいち、観たい!という「欲望」を喚起させられない。うーむ、絵画展に行く習慣がなくなって久しいのですが、遂にビデオもか・・・ということで、視覚系は全滅してしまいました。残っているのは音楽と読書くらい(スポーツするわけでなく衣装に興味があるわけでもなく、改めて無趣味であることよ(ーー;)。音楽ったって、聴くのは昔のレコードばかりだし、、、老後は読書しかないさびしい生活かも。もっとも本の備蓄は2、30年は大丈夫なので安心だ(ーー;。

佐伯啓思『「欲望」と資本主義終わりなき拡張の論理(講談社現代新書、1993)読了。
自己ペット化を基礎づける論理が見つかるのではないかと読んだのですが、いや面白かった。10年前の著作ですけど、これは名著といえるのではないでしょうか。感想は後日――というのは他でもありません、つづいて着手した平谷美樹『約束の地』が面白くて、シチメンドクサイ感想文など書いてられるかってんだべらぼーめ、という感じなので(^^;ゝ。さあ、続き読も。
編集済


最新情報、更新 投稿者:管理人 投稿日: 7月 7日(月)21時53分12秒

Yさん
>「渇きの海」
うむ、あれは面白かった。(クラークには珍しく(^^;)ハラハラドキドキSFでしたね。
月SFといえば、キャンベルの「月は地獄だ」がハードSFで面白いらしいですね。読まねばと思っているのですが、まだ入手できていません。

ところで、SFMの友成純一がすごいです! これはきっちり小説にして、<新潮>にでも持ち込めばいいのに、と思いました。純然たる私小説で芥川賞かも。

編集済


月SF 投稿者: 投稿日: 7月 7日(月)21時19分30秒

月テーマはやっぱり「渇きの海」が一番好きです、今のところ。

>「群青神殿」は、Yさんは怒るかも(^^;
わくわく。
ネット書店に注文したところです。


「ペット化する現代人」 投稿者:管理人 投稿日: 7月 6日(日)22時44分36秒

小原秀雄/羽仁進『ペット化する現代人自己家畜化論から(NHKブックス、1995)読了。

東浩紀の所謂<動物化>を、動物学の視点から基礎づけるものではないかなという見当のもとに読み始めたのですが、著者たちの執筆動機は当然ながらそういうものではなく一種の管理社会論であって、しかしそういう方向に読んでも決して読めないものでもなかったので、強引に読んでみました。

著者によれば、<家畜化>とは、野生の動物を、人間が好む性質を選択的に強化していく(逆に好まない性質を退化させる)人為淘汰であり、その結果、興味深い特徴が家畜化によって発現する。
それは、例えば家畜化されたウマの前髪が野生種よりも伸び、たてがみも長いといった部分長毛化(それと裏腹な脱毛)であったり、イヌのように品種の増加であったり、繁殖期の制限がなくなったりする。

これらの特徴はどれをとってもヒトに認められるもので、たとえば類人猿と人間の女性の違いは、類人猿では繁殖期以外は胸は膨らまないのに、人間の女性ではいつも胸が膨らんでいる。
このように人間には家畜化の特徴が明瞭で、人間は自己を家畜化しているといいうる。

これには反論もあり、一般に家畜化は脳の低質化、縮退傾向を示すものであるのに、人類は逆に大脳化していることを根拠とされるのだが、著者は、家畜化が上述のように人為淘汰であるからには、人間は大脳化を選択したともいえるし、或いは自己家畜化が開始された(社会的システムが整ってきた)3万年前からは、それまで拡大してきた大脳化が止まっていることを挙げるのだが、たしかに自己家畜化の開始で大脳化を促進する要因が消えたのかも知れない。

かかる自己家畜化は、人類の社会化と連動しているというか、同じ現象の表裏であるわけだが、産業革命以後、この傾向は急速化し、現在にいたってそれは<自己ペット化>という自己家畜化の管理・保護と人工化がより進んだ、現代的な先進国での特殊な状況を呈しているとする。つまり現代の青年は座敷イヌ化しているといえる。

それは「もの」の質・量的発達→大量生産大量消費の時代では、ひとつひとつ脈絡のない「もの」が子供に対して大量多量に影響を及ぼしており、その結果、一貫した考えが育たず、歴史的発想(因果的把握)と無縁になりがちになっている。

以上、かいつまんで(強引に)要約しましたが、SFM7月号で鈴木謙介が、1995年(オウム)以降「自然と調和し、与えられるものをそのまま受け入れて満足する」<動物化の時代>が始まったという、当の<動物化>とは、以上より、野生動物化という意味ではありえず家畜化、あるいは<ペット化>というべき事態であることになります。

東も鈴木もかかる動物化(ペット化)を鋭く察知しているのはさすがですが、その因果関係(メカニズム)は説明されていなかったわけです。
本書はその辺の空白地帯を埋めるものであるように思われます。

結局小説のキャラクター化は、人間の自己家畜化(管理社会化)の末期的事態である<自己ペット化>の文学的反映であることが理解されます。


「ムーン・マン」 投稿者:管理人 投稿日: 7月 5日(土)22時46分44秒

Yさん
>「第六大陸」
私も近々読んでみますね。
「群青神殿」は、Yさんは怒るかも(^^;

ということで、<月小説>がむしょうに読みたくなった私は、積読から大江健三郎の『みずから我が涙をぬぐいたまう日』(講談社、1972)を引っぱり出してきて、所収の中篇「月の男ムーン・マンを読むことにしました。
おお、これは面白い! なんとNWではないですか。マルツバーグもかくやの<逃亡した宇宙飛行士もの>でした。

1969年5月、アポロ11号の打ち上げられた日、主人公の作家は友人の女流詩人にひとりのアメリカ人を引き合わされる。彼はアポロ計画で訓練された宇宙飛行士のひとりで、NASAから逃亡し、アラヒトガミに会うためにTOKYOにやって来て潜伏していたのだった……。
おりしも捕鯨禁止活動家スコット・マッキントッシュが来日し、作家を通じて彼を支援することになった新左翼のマスコミゴロが<死滅する鯨の代理人>としてイルカの恰好で焼死を遂げる。
そしてアポロ11号の月面着陸の日、宇宙飛行士の妹の変死がアメリカに帰っていたスコット・マッキントッシュによって伝えられ……

いやーさすがに70年代の大江は面白いです。本篇に描かれる万博跡地の廃墟は、バラードが幻視するケープ・カナベラルを彷彿とさせるイメージに満ちています。ルオーのような厚塗りの文体も決まっています。
しかも人力飛行機が乱舞するラストは、マルツバーグとは違ってさわやか(^^)

日本の月(アポロ)小説といえば、まっさきに思い出されるのは、庄司薫「ぼくの大好きな青髭」ですが、本篇もそれに負けず記憶されるべき秀作だと思いました。
もし機会がありましたら、一度読んでみて下さい。きっと気に入ると思います。>Yさん
編集済


(無題) 投稿者: 投稿日: 7月 4日(金)22時01分18秒

>小川一水
「第六大陸」続きが気になります。帯では8月に出るようですが。
めったに小説に地元がでてこない地方の人間としてはそれだけで
好印象だったり。キャラ萌えの作家ではないので、これはこれで
いいんじゃないでしょうか。「群青神殿」はまだ読んでいません。

>「老ヴォールの惑星」
ラストの「天文航行省」がこの作者らしくてよかった。
ホットジュピターの話は全く知らなかったんですが、楽しめました。

>反則金1万5千円也
お気を落とさずに……。


「天武天皇 隠された正体」 投稿者:管理人 投稿日: 7月 4日(金)21時20分39秒

関裕二『天武天皇 隠された正体』(ワニ文庫、2000)読了。
前書に比べれば、ずいぶん面白く読めた。とはいえ、「抹殺」は249p中に16回出てきました(わざわざ数えた(^^;)。
ミステリ風にいえば、一種のパズラーといえなくもないですが(犯人は「日本書紀」)、根本的に「何のために「日本書紀」はそんなトリックを使ったのか?」という「動機」が(著者の説明では)理解不能。結局「詭弁」で積み上げられた砂上の楼閣という印象です。
でも、もっと読みたくなった(^^;ゝ


速度超過20キロ 投稿者:管理人 投稿日: 7月 3日(木)21時50分46秒

反則金1万5千円也!(ひい〜)
というわけで、1か月の蟄居謹慎を命じられました。つきましては、今月の飲み会等個人的遊興関係は、悪しからず遠慮させていただきます。よろしくご諒解下さい>各位。(泣)

今月は本が読めるなあ(>強がり)
編集済


「卑弥呼はふたりいた」 投稿者:管理人 投稿日: 7月 1日(火)22時06分16秒

おお、もう「第六大陸」を読まれたとですか!Yさん。→読書月記

関裕二『卑弥呼はふたりいた』(ワニ文庫、2001)読了。
「そうとしか考えられない」が出たら警戒しなければならないことは知っていましたが、今回、「抹殺」というフレーズもトンデモかどうかの有力な判定の手がかりになることを勉強することができました(ーー;)。
編集済


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