ヘリコニア過去ログ1211

【過去ログ】 


眉村さんの録音(その2)

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月29日(木)21時57分23秒
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  > No.4064[元記事へ]

 昨日に引き続き、斎藤さんから頂いたDVDより、「今日も雨」を視聴しました。
 おお、これはラジオドラマとしても傑作の部類じゃないでしょうか。
 具体的な地名は架空のものですが、いわゆる《日生もの》ですね。日生ものらしく、ノスタルジックな要素もありますが、そこから突出してゆくもので(雨の意味を考えるとそうなります)、もはや不条理劇というべきです。
 斎藤さんによりますと、原作はなく本ドラマのための書きおろしとのことですが、モチーフは「遠い日の町」(『眉村卓コレクション異世界篇U傾いた地平線』所収)とダブる部分があります(第一工場の、女将のいる酒場は金翠でしょう)。もちろんストーリーは違いますが。
 この主人公の到った境地は、ある意味それ以前の眉村SFとは逆向きのもので(いやまあ「暗い渦」を思い出せばそうでもないのか)、著者がこれを肯定して書いたのかどうか、ちょっと悩みます。ただ、このドラマの放送日が79年11月17日であることに着目しますと、ちょっと面白い。
 『眉村卓コレクション異世界篇V夕焼けの回転木馬』所収の「照りかげりの旅」は、<小説CLUB>80年2月号初出で、ということは書き上げられたのは79年年末と思しい。つまりほぼ同じ時期の作品です。「照りかげりの旅」も、本篇と同じく、ずっと雨が降り続いている。79年10月に、眉村さんは『消滅の光輪』で泉鏡花賞を受賞しており、いわば高揚期であっても全然不思議ではないのに、その直後の二つの作品世界がずっと雨降りというのは、一体どういうことなのか。
 後半の不条理展開は圧巻でしたが、それは主人公が次第に「日生世界」に取り込まれていく部分でもあるわけで、そうしますと、自足的な世界に溺れていく主人公をそのまま肯定しているとは考えられないような気もします。まあ聴取者が自ら考えよ、ということなんでしょうけれど。

 ということで、以上DVD聴取了。貴重な録音を聴く機会を与えて下さった斎藤さんに感謝します。
 

Re: 眉村さんの録音

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月29日(木)11時27分55秒
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  > No.4066[元記事へ]

海野さん
 いつもお世話になります。

>「日曜ごとの街」だったかな。これも探したらありますよきっと。
 それも興味あるなあ(^^)。何か別の用事のときで結構ですので、蔵の中を探索される際、ついでに見つけていただけたら嬉しいです。

>荒巻義雄さん原作の「青きニルバーナ」とか
 おお、これは別の意味で興味あります! 荒巻SFをラジオドラマ化できるのか、という意味で。確かにベースはベタなロマン主義ではありますね。『白き日旅立てば不死』を読み返したくなりました(^^;
 

Re: 眉村さんの録音

 投稿者:海野久実  投稿日:2012年11月29日(木)01時00分11秒
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  > No.4064[元記事へ]

あ、そう言えば眉村さん原作の「今日も雨」の録音僕も持ってます。
あと、何だったかな。同じNHK・FMの「日曜ごとの街」だったかな。これも探したらありますよきっと。
同じ頃に録音したテープが結構あるんです。
荒巻義雄さん原作の「青きニルバーナ」とか…とか…

今度調べてみますね。

http://marinegumi.exblog.jp/

 

Re: ご教示下さい

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月28日(水)23時52分31秒
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  > No.4063[元記事へ]

 わ、下の書き込みをして掲示板を見たら、尾川さんの投稿が!!
 これもシンクロニシティなのか(^^;

 尾川さん、ありがとうございます。「眩輝」で間違いなさそうですね。またいろいろお尋ねするかも知れません。よろしくお願い致しますm(__)m
 

眉村さんの録音

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月28日(水)23時42分22秒
返信・引用 編集済
   ときどき、当掲示板に書き込みして下さっている斎藤さんが、DVDを送って下さいました。
 以前、「眉村卓のラジオ番組について」でご紹介いただいた、「私の音楽年賀状」と、ラジオドラマ「今日も雨」を、録音して送って下さったのです。

 早速、「私の音楽年賀状」を聴きました。リンク先に記載があるように、81年1月2日にNHKラジオで放送された、正月番組のようです。
 藤本統紀子さんの番組に眉村さんが出演されたという形式のトーク番組ですね。
 藤本統紀子さんは藤本義一さんの奥さんですから、旧知の間柄、ということで、最初からリラックスしたトークが展開されていて、なかなか興味深いお話でした。
 作家になるにあたって影響を受けた人物は? という統紀子さんの質問に対して、眉村さんが挙げられたのは、中学校の美術部の先生。
 眉村さんが空を青色で塗り始めたとき、その先生が、よく観察しなさい。空は本当に青色か? と尋ねられた。なるほど、空は灰色だったり黄色が混ざったりしている。青色を塗るというのは「観念」で絵を描いていたのだなあ、と眉村さんは気づく。青色だと思ったら青色に見えてくるが、先入見を捨てて虚心坦懐に眺めれば、そうではないわけですね。これが小説を書くことにおいても生かされているんですね。

 実はDVDを聴く直前に、私は、眉村さんが若いころに「捩子」に発表された散文詩を読んでいた、正確には書き写していたのですが、ある時期「捩子」の編集もやっておられて、その号の編集後記に、「感じ得るだけのものを表現すること。感じるだけの努力をいつも続けること」という一文があって、この「だけ」が実はよく分からなかった。
 録音を聞いて、分かったような気になりました。
 要するに「観念」に惑わされるな、というよりも「(出来合いの)観念を自動的に受け入れるな」ということなんだと思います。フッサール風にいえば、判断停止(エポケー)ということですね。

 しかしこんな風に、疑問点の解答が、その直後に、あっちからやって来てくれるという経験も、なかなかない。けだしシンクロニシティというべきではないでしょうか(^^;

 「今日も雨」は45分あり、ちょっと今日は聴けそうにありません。後日聴取して、ご報告したいと思います。
 斎藤さん、貴重な録音をありがとうございました。
 

Re: ご教示下さい

 投稿者:尾川健  投稿日:2012年11月28日(水)22時54分19秒
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  > No.4054[元記事へ]

反応が遅くて申し訳ありません。

>  (追記)あ、「眩輝」か!?
私のほうのコピーも確認してみましたが、恐らく「眩輝」
で間違いないのではないでしょうか。

この「射手の座」は10頁以上に渉る長詩で、特に好きです。
「捩子」掲載作品、何らかのかたちでまとまることを願っ
ています。
 

「ミサイル畑」読了

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月27日(火)23時11分24秒
返信・引用 編集済
  > No.4061[元記事へ]

雫石さん
 いやいや、半分以上ネタで書いていますので、真に受けられたら困ります。どうかお気になさらず(^^;
 それどころか、ブログに先に載せたものを投稿したって、私はかまわないと思っています。たしか創元新人賞はオッケーだったんじゃないでしょうか。
 ということで、「リーダーズストーリー入選第一作」(?)も楽しみにしています!

 ということで、草上仁「ミサイル畑」も読了。90枚の長めの短編ですが、草上SFの常でさらっと読めてしまいました。著者のSFの特質は、最新のトピックを用いて50年代短編SFをやってのけるところですね。
 今回も、遺伝子技術の極限ともいうべき、ヒコーキのタネを畑にまいてヒコーキ(完成品)を収穫する、そんな農業が行われている未来の話。兵器メーカーも例にもれず、いや兵器メーカーなればこそ、鵜の目鷹の目でウリ物となる新しいタネを探していて、主人公は、クビ目前のそういう開発者です。一週間後までにウリ物となる(利益をもたらす)新しいタネを発見しなければ先月に遡って解雇する、との最後通告を受けていますが、なかなかそんなアイデアはころがっていない。そこへアルバイトで主人公のアシスタントをしている弁護士志望の若者が「見方を変えてみたらどうか」と起死回生のアドバイスをします(このへん法廷小説ばりの面白さあり)!
 加工品を収穫するアイデアは、石原藤夫さんに先例がありますが、著者はそこに(お得意の)「屁理屈」を付加し、独特のユーモア感覚あふれる(上記のごとく)アメリカ50年代SFと見紛う作品に仕上げています。
 いかにも著者の作風がよく出た短編SFで、面白かった。いやこれで、SFMのモトは十分取れました。よかったよかった(>まだ言うとる)(^^;
 

Re: 「寿命税」読了

 投稿者:雫石鉄也  投稿日:2012年11月27日(火)20時55分41秒
返信・引用
  > No.4060[元記事へ]

それはどうも申し訳ありません。
SFM向けのショートショートを書いて、早川に送稿して、これは落選だなと思ってから、ブログにアップするようにしてます。
この「寿命税」も、ずいぶん前に投稿し、これは落選だろうと思って、拙ブログにアップしましたが、思わぬ入選となりました。
これからは、もっと時間をおいて、ちゃんと見極めてブログにアップするようにします。
どれぐらいで、落選決定かよく判りませんが、そのへんは経験で判断しようと思います。

http://blog.goo.ne.jp/totuzen703

 

「寿命税」読了

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月27日(火)19時03分58秒
返信・引用 編集済
   SFマガジンの今月号(1月号)が届きました。SFMを買うなんて、いったい何年ぶりでしょうか。最後に買ったのはバラード追悼号だったか、よく覚えていません。いずれにしろ全部売っぱらってしまい、何も残ってないので確認のしようがない。確認するほどのことでもないですね。
 そんなSFMをなぜに今、また酔狂にも購入したのか。
 当市の図書館には入らないからです。当市どころか、近隣のどの市立図書館にも入りません。昔は入っていたんですけどね。10年近く前から入らなくなってしまいました。
 ああ、そんな話はどうでもいい。購入した理由でした。
 もちろん、雫石さんのリーダーズ・ストーリー入選作品を読むため。
 早速読みました。
 ギャラクシー誌に載っていそうな、人口増に悩まされる未来社会をエクストラポレートした「人間がいっぱい」テーマの辛口作品。このテーマ自体は新しくありませんが、何でもかんでもお金で計量されるという、ネオリベ市場原理主義の行き着くディストピア世界を現前させたのはユニークかも。これは面白いです。
 しかし。
 あれ?
 なんか既視感が……。
 既視感も当然です。雫石さんのブログの「ショートショート劇場」で既読の作品なのでありました。→こちら
 がーん。
 大失敗。
 と一瞬思ったけれども、ふと見ると草上仁さんが載っているではありませんか。草上作品が読めるのならば全然オッケーですがな。ああよかった(ーー;
 

「百万本の薔薇」読了

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月26日(月)19時40分59秒
返信・引用
   さっきまで近所の図書館で、高野史緒「百万本の薔薇」を読んでいました。小説現代今月号(12月号)所収。
 江戸川乱歩賞受賞第一作ということで、興味津々でしたが、一読、著者らしい濃厚な作品に仕上がっていて満足。

 ブレジネフが死にかけている頃(82年逝去)のグルジア共和国、そのどこかにある「バラの町」が舞台。有名な「星の町」同様、地図に存在しない極秘の場所で、優生品種研究所という研究機関が、大規模な薔薇園(試験場)で極秘の品種改良研究に勤しんでいる。そこの所長が三人続けて妙な死を遂げる。「バラの町」でいったい何が起きているのか? それを探るべく、密命を帯びた主人公が「バラの町」に派遣された。しかし、到着早々から、主人公は奇妙な睡魔に捉えられ、意識が断続し、死んだはずの人物を目撃したりする。幻覚なのか? それとも彼らは死んでいないのか?

 とくると読者は、政治的陰謀小説か、とか、はたまた大トリックを懐胎した本格探偵小説か、とか思われるでありましょう。しかしながら著者は高野史緒ですから、もちろんそんな舗装された広い道は歩きません!
 かといって完全な高野ワールドでもない。もうちょっと現実的で、というよりもSF寄りで、此処でタイトルが意味を持ってきます。大規模な薔薇園で栽培されている大量のバラ。濃厚な香りが四六時中立ち篭めている町。主人公は、次第にその香りに絡め取られてゆきます。……

 入館が閉館時間間際(といっても30分ほど前)だったので、ざっとしか読めず(当月号は貸出不可)、設定を読み間違っているかも知れないのですが、現実世界の隣に、一部重なり合って存在する異世界を垣間見せるというラストが、独特の細道でよいですねえ。しかしこれは一体、どういう状況なのでしょうか? 一種のネタバレになるのであからさまに書けないのが歯痒いのですが、けっきょく彼らはガーデナーならぬ、ガーディアン的な立ち位置になるのでしょうか?

 乱歩賞と言うよりも、中井英夫賞受賞第一作といいたい、ミステリアスな幻想SF短篇でした!
 

「自殺卵」PDF化

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月25日(日)18時50分29秒
返信・引用 編集済
   承前。「佐藤一郎と時間」につづいて、眉村さんの短篇「自殺卵」も、PDF版をダウンロードできるようにしました。→こちら

 追記。「ペケ投げ」も完了→こちら

 

PDF版「佐藤一郎と時間」

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月25日(日)12時48分8秒
返信・引用 編集済
   当ホームページとべ、クマゴロー!掲載中の、眉村さんの最新短篇「佐藤一郎と時間」に、あらたにPDF版をダウンロードできるようにしました。お試しいただけると幸甚です。→こちら
 プリンタ装備のPDFライタは容量を食わない分、やっぱり見た目が雑(中国のフォントで作ったみたい)でした。なので、またネットを模索しまして、ようやく見つけたソフトで、今回作成しました。
 不具合等がありましたら、お知らせいただけると大変ありがたいです。よろしくおねがいします

 SFマガジン今月号(2013年1月号)のリーダーズ・ストーリイに、雫石鉄也さんが入選、掲載されたそうです。こちらのコメント欄で知りました。雫石さんおめでとうございます!
 

PDF

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月25日(日)02時09分31秒
返信・引用 編集済
   昨日の件、今日もいろいろ試行錯誤していたのですが、最近買い換えたプリンタにもPDFライターが入っていたことに(今更ながら)気づき、試してみたところ、ばっちりでした。しかも昨日試していたフリーのPDFライターで作った文書の半分しかメモリーを使わない。
 場当たり的で、体系的にことを進めない性格のため、こういうことが得てして起こってしまいます。

 とまれ目論見がうまくいきそうでひと安心。ということで『カンパニュラの銀翼』に着手。
 

軍靴の響き

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月24日(土)03時16分57秒
返信・引用 編集済
   今日、いろいろ試行錯誤して、ワード文書からPDFファイルを作成するのはできるようになったのだが、なぜか縦書き文書が90度傾いて生成されてしまうんですよね。「時計回りに90度」ボタンを押せばちゃんとなるのですが、それではやはりまずいのです。いやまあ、いろいろ画策しておるのであります(^^;。
 いま思っているのは、「とべ、クマゴロー!」掲載の眉村さんの小説を、PDFでも読めるようにしたい。現状は画像データなので、文字がクリアじゃないんです。PDFにすれば電子書籍並のクオリティになります。とべクマのインデックスからボタンを押せば、PDFが開くという風にしたいわけですが、開いたら文字が寝ていた、というのでは、やっぱり不細工じゃないですか。
 きっとやり方がある筈なんですよね。うーむ。

 話は飛びますが、国防軍だって(汗)。前からバカなんじゃないかと疑ってましたが、やっぱりバカでした。
 政権を取る前からこんなことをのたまうのですから、万が一首相になったら、次は間違いなく徴兵制を言い出しますね。
 あ、でも案外よいかも知れませんな。今日の山野さんのブログは「徴兵の代わりに徴介護」。介護と兵役とボランティアの選択制を提唱されておられます。すっと書かれているのでうっかり読み流すところでしたが、これって山野さん、徴兵制の復活を既定事実として書いておられるわけですよね。さすが鋭い洞察力ではありませんか。
 そして、徴兵制や徴介護制は「人と接するのでいわゆる引きこもりもいなくなるだろう」と。これはたしかにそのとおりで、強制的に共同生活に放り込めば、現在のひきこもりの90パーセントは治っちゃいますね(残った10パーセントの真性引きこもりの人は辛いことですが、それはあらかじめ法的な逃げ道を作っておけばよいでしょう)。
 問題は、これまで自民党を支持してきたネット右翼の若者たちも頭は悪くないですから、そんな見通しは容易に立つはずで、そうしますと、国防軍はよいけど、自分が徴兵されるのは嫌だと、渚の引き潮のようにさーっと自民党から引いていってしまい、自民党が思ったほど票を集められなくなってしまうのではないか、という心配が浮上してくるわけです。自民党が政権を取れないとなると、せっかくの若者鍛え直し計画が頓挫してしまうのです。ここは安倍さんには頑張ってもらって、声を大にして軍国主義化の道を、国民に説いていただきたいものであります。
 

ご教示下さい

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月23日(金)20時52分31秒
返信・引用 編集済
   このところ眉村さんが21歳から26歳にかけて同人誌「捩子」に発表された散文詩のテキスト化をすすめています。
 いやまだ公表してよいかどうかのお伺いも立てていないのですが(カンベンしてくれ、と言われそうな気もします>汗)、私自身の勉強(パクリとも言う)のつもりでタイプしているのです。
 ところがこの同人誌、記念号の30号以外は、「手書き」なんですね(当時、手書きオフセットがあったかどうか、なかったとしたらガリ版刷なのかも。現物は未見)。
 で、国会図書館のコピーサービスはおそらく縮小されていて非常に細かい。といってもほとんどすべて読解可能なんですが、一文字だけ、降参!というのが出てきてしまいました。

 この漢字なんですが
kanji
 おそらく略字だと思うのです。その下の漢字は「輝」ですね。
 どなたか判読していただけませんか。

 私の目には「貝」偏に「去」と見えるんですが、漢和辞典に当たりましたがそんな字はないんですよね。

(追記)あ、「眩輝」か!?
 

Re: ショートショート

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月23日(金)13時42分35秒
返信・引用 編集済
  > No.4052[元記事へ]

>ちょっと修正しました
 あ、そうなんですか?
 うーん、たしかにそれが正しい「書法」とは思うのですが……。実は私自身も、最初は1行あけたほうがよいのではないかなと思ったのでしたが、しかし考えなおしました。開けないほうが効果的かな、と。

 行が詰まっていることで読者の意識は、ラスト3行の転調部分(1行目が「転」、3行目が「結」)に連続的に入っていきます。
 で、1行目で「あれ?」と思うわけです。
 それが2行目の「なんだ?」を共有することになり、3行目の「オチ」の落差が(一行開けを施した場合よりも)より強くなったと感じました。(一行あけてしまうと、そこで読者は身構えるので、落差の効果が減少するのです)
「そうか、小説の《慣用的手法》をアプリオリに踏襲するというのも考えものであるな、ときにはそこで「破調」させることも必要なんだな」、と勉強させてもらったように感じたのでした。一種の「詩」の効果ですね。

[とつぜんみじかばなし]
 17年後、すでにバー海神はない。鏑木は老人ホームに入所していた。
 ホールのつけっぱなしのテレビが、奇妙なニュースを伝え始めた。
 女のアナウンサー「世界各地の天文台が、いっせいにベガがアルタイルの伴星になっていることを確認しました。というか、ベガのほうが大きいので、アルタイルの座標にやってきたベガが、アルタイルを伴星化したということになるようです」
 男のアナウンサー「ということはベガが瞬間移動したということですか?」
 女「いえ、ベガは正しい位置に存在しています」
 男「てことはベガが二つになったの?」
 女「現在究明中とのことです。元からのベガはベガ1号、新しい方はベガ2号と名付けられました」
 聞いていた鏑木はふしぎな既視感にとらわれていた。
「なんか、前にもあったような気がするなあ」
 しかしはっきりしたことは何も思い出せなかった。
「ふふ、カカア天下ってことだな」
 そう呟いて、鏑木は驚いた。「何を言ってんだ俺は?」
 わけがわからなかった。歳で考えることが面倒になってきてもいたので、すぐにあきらめ、忘れてしまった。
 天文学的奇現象の方も、謎が解明されないまま風化し日常化していき、人類はそれをそのまま受け入れて、不思議とも思わなくなった。
 それからまた9年経った。
 突如、ベガ1号が消失した。
 そもそもの最初から数えて26年後のことであった。
 

Re: ショートショート

 投稿者:雫石鉄也  投稿日:2012年11月23日(金)04時27分18秒
返信・引用
  > No.4051[元記事へ]

どうも、これは私の書き方が悪かったみたいです。
ラスト、続けて書いたから、誤解を招いてしまったようです。
ちょっと修正しました。ラスト3行の上を一行開けました。
この話、二人の私のブログの読者の方のリクエストとアドバイスを受けて書きました。
お一人が、海神モノでクリスマスストーリーを書いてください。
別の方が、海神に名物があればいいですね。
両方一度に応えました。ちょっと強引だったかなと、自分では思っています。

http://blog.goo.ne.jp/totuzen703

 

ショートショート

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月22日(木)22時12分20秒
返信・引用 編集済
   雫石さんの新作はおなじみ海神シリーズ。ただしいつもとはちょっと趣きが違います。いつもはソフトボイルドというか、ハートウォーミングといいますか、そういうシチュエーションで読ませる感じなんですが、そして今回もその流れで進むのですが、最後三行でそれがひっくり返されます。
 私も一瞬、消し忘れが残っているのかと思いましたが、次の瞬間、机を叩いて大喜びしてしまいました。しかもシリーズ異色編にしてクリスマス・ストーリー、とみせかけて七夕ストーリー(^^ゞ。こう言うの大好きです(いや従来路線も嫌いじゃありませんよ)。
 従来の作風は、わたし定義で言えば掌編。今回の作品こそ純然たるショートショートです(いやどちらも広義のショートショートではありますし、いろんなタイプのショートショートがあっていいわけですが、下位概念に分類すればそうなるというだけの話です)。
 ところがコメントを読んでがっくり。全然読めてないのですよね(「ショートショート」として)。それはあなた違いますよとコメント欄で説明しちゃろかとも思ったが、さすがにそれは迷惑かな、と自重した次第(いま見たら雫石さんがレスでフォローされてました)。飛躍ができないのかなあ。
 同じようなガックリ感は、海野さんのところのコメントでも感じたことがあり、ネットでショートショートを愛好する人たちは、どうも星新一以下SF作家のショートショートを読んでないんじゃないかという疑いがどんどん膨らんできます。つまり我々とは全く違うところから入ってきたショートショート愛好家が一定のボリュームを以って、とりわけネットに住み着いているようなんですよね。彼らはショートショートとも思っていないのかも。超短編とか、そんな感じ? いろいろ考えさせられたのでありました。
 

「原子力宇宙船地球号」

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月21日(水)22時29分59秒
返信・引用 編集済
  戸梶圭太『原子力宇宙船地球号』(イーストプレス12)読了。

 初めて読む作家でしたが、いやこれは傑作。めちゃくちゃ面白かった。
 2011年の原発事故の被害をさらに拡大したのは、本書184頁の佐橋のような「非常事態では役に立たないタイプの人間」が、危機管理担当者だったからであることは言うまでもありません。お勉強ができてテストの成績がよい秀才ほど、そのようなタイプが多いというのが私の偏見で、瞬時の判断を要求される非常事態下で、明晰な頭脳知識を遺憾なく駆使し、即応的に対処できるかといえば、むしろ現場の圧倒的な事態を前にして、萎縮し、頭の中は真っ白、机の前では高速回転する優秀な頭脳が、現場では全然回転しない、打つ手打つ手が後手に回り、それを内々で収めようとしているうちに取り返しの付かない大惨事になってしまった、という一面が確かにあったように思います(もちろん平時では優秀なんでしょう)。

 2018年、またしても日本は原発事故を起こし海洋及び大気汚染を引き起こす。悪いことは続くもので、その年南海大地震が発生、2011年の教訓を踏まえた筈の浜岡原発がメルトスルーを起こし、溶けた核燃料が地下水と接触、水蒸気となって大気中に噴き上がったところに台風が直撃。北半球の広い範囲に天文学的な量の放射性物質が撒き散らされます。日本政府は「福島原発後の新たな基準をクリアーした対策を取っていたが、災害はそれを上回るものだっただけ」と釈明し、世界中から反発を受けます。

 やがて地球的規模で動植物の大量死、奇形化などの放射線被害が顕著となり、人類はついに地球を放棄することを決意する。すなわち「地球沈没」。全地球人口の1パーセントにもみたない、各国から選抜された選ばれし6千万人を乗せた世代宇宙船が、「超音速」(13p)で飛び、4世代かけて第二の地球を目指すことになります。

 この宇宙船に、もちろん「地球沈没」の張本人である日本国民は乗る資格がなかったのだが、汚い仕事をする者も必要、となり、無給の「船内特殊下級労働者」として1万5千人が乗船します。原子力エンジンの保守は当然日本人の仕事。
 ところが出発早々、第7原子力エンジンが故障します。しかしここでも日本人の内々処理好きが裏目に出て放射能汚染が拡大。第7エンジンは切り離され(日本人作業員3千人も一緒に)、本体から分離され(チューブでのみ本船とつながって必要資材と生活物資はそこから供給される)、修理することになりますが……

 最終的には、結局バカは日本人だけではなく、人類そのものがバカ、という結論に(>そうなのか)(^^;
 ただメインのストーリーは、第7エンジンという密室での日本人同士の抗争であり、日本人が他の国民に迫害されたりいじめられたりするシーンが殆どなかったのは(期待していたので)いささか物足りなく残念でした(>おい)(^^;

 初期の筒井康隆を彷彿とさせられました(あそこまでドタバタにはならない)。上記の超音速とか、繋いでいるチューブの中に重力があったりとか、SF読者的には気になりますが、この野蛮な気宇壮大さには、近年の、いまここに「在る」世界の崩壊を阻止しようとエリートが頑張る「経営」SFをぶっとばすアナーキーな力があって、愉しかった。本年ベストワンかも!

 著者のことは全然知らなかったが(いや名前ぐらいは知っていましたが本当に名前だけ)、こういう作風なんだったら他の作品も読んでみようかな。
 

ウルトラマン関取、大活躍

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月21日(水)01時59分40秒
返信・引用 編集済
   大相撲九州場所も佳境に入ってきて、横綱決戦の様相を呈してきました。
 今場所から、東西に横綱が並ぶ正常な状態に戻ったわけですから、まあこれは当然なんですが、乱を好む私の性格的には、ちょっと残念な展開。
 とはいえ今場所は、私のひいきの力士が頑張っていますので、面白いです。
 最近の私の贔屓は、妙義龍、松鳳山、舛ノ山の三力士なんですよね。妙義龍は今場所不振ですが、松鳳山と舛ノ山は大活躍。両力士とも、実に面白い相撲をとって楽しませてくれます。

 松鳳山は、あの顔ですが(おい)、クレバーとみました。諸手突きで上がって来ましたが、役力士のレベルになるとそれが通用せず、壁にぶち当たったかと思っていたら、今場所は取り口を変え、差してからの強烈な投げで、バッタバッタと大関を投げ倒しています。これしか出来ない、というのではなく、勝つためには何をしなければならないか、を考えて稽古しているんでしょうね。そのあたりは妙義龍も(今場所は悪いですが)同じで、クレバーですね。

 一方、舛ノ山は、心臓に欠損があって長時間相撲を取ることが出来ない。戦える時間は20秒。すなわち人間ウルトラマンなのです。
 それゆえ相撲も一気に勝負を付けに行く。行かざるを得ない。その結果、常に悲壮感がただよいます。舞の海が言ってましたが、この一番で死んでもいい、という気迫が胸を打ちます。特に今場所は左肩(上腕?)を怪我しています。その悪い左を(使わないようにするのではなく)無理矢理使って相手の上手を返し勝負に行っています。まさにこの一番で腕が壊れても本望、という特攻相撲。よりいっそう悲壮感が強いです。その甲斐あって、今日で五分に戻し、勝ち越しも見えてきたのではないでしょうか。ウルトラマン関取、応援せずにはいられません。

『原子力宇宙船地球号』は110頁まで。
 

日本人

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月19日(月)23時16分56秒
返信・引用 編集済
   ということで、「破」観了。21世紀の作品ながら、感性は昭和ですね。
 主体性がなく指示されたことには素直に従う(指示されなければ何もしない)、扱いやすい子供が、突如キレる。その暴発する力で駆動し、文字どおり「特攻」する巨大ロボット物。というのがいかにも今日的で、当時はユニークだったんでしょうか。「セカイ系」などとレッテルを貼られた所以でしょう。しかしその観点ばかりが自走し、私も偏見を持っていたのだが、現認してみればそれだけではない。むしろそういう受動性に対して批判的な視点も同時に含まれている。もちろんそのような「主体的に行動しなさい(自分の頭で考えなさい)」という圧力が、さらに主人公を押しつぶしてゆくのですが。
 そのような意味で生真面目な人間ドラマです。というかある意味「日本人」論ではないでしょうか(^^;
 反面、設定や背景描写はいささかおざなり。ただこのドラマを成立させるための書き割りでしかない(もちろんこれで必要十分です)。この辺も一般的な(というかそれ以前の)同系のアニメとは一線を画しているところなんでしょうねえ(断定するだけの知識がない)。
 面白いのは、映画版では「セカイ系」を意識して作られていること。テレビ版を見た批評家が「セカイ系」なる観念をそれから抽出したわけで、当然ながらテレビ版自体はそんなことを意識して作られたわけではない。ところがのちに映画版を作る際、製作者はその観念に囚われてしまい、もともとあった要素ながら、それをことさら強調するような作品化がなされたといえるのではないでしょうか。いや面白い。「Q」もレンタル化されたら観るかも。

 戸梶圭太『原子力宇宙船地球号』に着手しました。
「日本のメディアはその内容よりも「どうしようもなかった」を「どうしにょうもなかった」といい間違えたことばかりを強調し、国民もそのことばかりを面白がってネットで騒ぎ立てて複数の外国メディアから「日本は生真面目で幼稚な病気国家であり、もう手の施しようがない」と本当のことを言われ(云々)」(11p)
 なんて書かれているぞ。
「もともと刷り込み容易な国民性も手伝ってすみやかに浸透していたため、文句を言うものはいなかった」(17p)とも(笑)
 

一度は見ておかねばと

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月18日(日)22時14分18秒
返信・引用
   丁度よい機会なので、新世紀エヴァンゲリオン全26話とヱヴァンゲリヲン新劇場版(序)(破)を足掛け3日かけて視聴――の予定だったのですが、さすがに頭がガンガンしてきて目がぼやけ、腰も痛くなってきたので(序)でストップ。(破)は近日中ということに変更しました。体力の衰えを痛感。散歩しなければ。
 

「水瓶」読了

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月17日(土)00時38分24秒
返信・引用 編集済
  川上未映子『水瓶』(青土社12)読了。

 傑作『先端で、さすはさされるはそらええわ』以来4年ぶりの<散文詩集>ということで期待して読みましたが(ということはつまり<小説>は期待してないのです)、まあ期待通り半分、不満半分というところでしょうか。
 出来不出来が激しいのは前作も同様。しかし今回は前作以上を期待したわけです。ハードルは上がっているのだが、そこまでではなかったという感じですかねえ。
 それでも気に入った作品はとても良いです。わがベストスリーは「星星峡」「私の赤ちゃん」「水瓶」。あと「治療、わが名はコスモス」もよかった。
 これらの作品は、私の感じではウィリアム・バロウズとシャルル・アンヌベールの間くらい。バロウズほどドライではないが、アンヌベールほどウェットでもないんですよね。
 シュールレアリズム小説(散文詩)だと思います。全体に精神分析的なところもシュールレアリズムっぽい。
 要するに詩語の選択なんですが、決まるとすごいパワーがあります。決まらないと、これは詩人として表現を迂遠して外した表現なのか、ただ単に言葉を知らないだけなのか、という疑問が湧いてくるのが弱点。それから、やはり大阪弁で書くべきだと思う。共通語の会話文は死んでいます。
 しかし、通り一遍の、何百回と繰り返されたフォーミュラストーリーを無反省に反復するだけの(それが小説だと思っている作家の)エンターテインメント小説を読むことを考えれば百倍は面白いといえます。
 繰り返しになりますが、この作家、小説は凡庸(編集者に無理矢理書かされているのではないかと邪推したくなります)なのだが、散文詩(わたし的見地から言えばこれこそ「小説」だと思います)は変なイメージがあって面白いんですよね。こっちにもっと力を入れてほしいんですけどねえ。もっと読ませてほしいです。期待しているのであります。

 

「スチームオペラ」読了

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月16日(金)00時39分56秒
返信・引用 編集済
  芦辺拓『スチームオペラ蒸気都市探偵譚(東京創元社12)読了。

 これは大傑作! いやあ面白かった。
 表層は歴史が分岐した並行世界ヴィクトリアン・ファンタジーを装っています。ひっくり返されます(並行世界じゃなくて……おっと)。そこから急激に面白くなります。最初のうちは「にぎやかで暑苦しくもある」(著者あとがき)あの独特の文体で、「ラブコメ」をやられるのです。脳内映像がマンガの絵柄でしか浮かんでこない(あとで気づいたのだがサリーなどまさに口絵のキャラそのもので浮かんできていました。しかしチビのサリーというのも著者らしい)。ずいぶん苦しかったのですが、視界がSF的に啓けてからはそれも気にならなくなり一気呵成!
 しかもこれ、乱歩小説なんですよ。まあ最初から少年探偵団的な設定ではあるのですが、乱歩はあんな書き方はしない。スタンダード島に舞台が移ってから一気に通俗乱歩世界に突入します。懐かしいSFガジェットが散りばめられ、おもちゃ箱をひっくり返したようなにぎやかな世界をわくわくしながら読了しました。今年のベストワンかも(^^)
 

アニメ映画「ねらわれた学園」を観ました

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月14日(水)22時32分42秒
返信・引用
   昨日はアニメ映画「ねらわれた学園」を観てきました。この眉村卓原作ジュブナイル小説の映像化は、NHK少年ドラマシリーズ「未来からの挑戦」を皮切りに、薬師丸ひろ子版、原田知世版(ドラマ)など過去に6度行われていて、今回が7回目。アニメ化は初めてだそうです。
 ということで、どのように映像化がなされているかと、楽しみに行って来ました。
 なかなかよかったです。物語(世界)はしっかりしていて、むしろ複雑すぎて1回見たくらいでは完全には理解できません。私も最後の方はよくわからなくなってしまいました。もう一回見たほうがよさそうです。
 一方、演出はベッチョリと甘あまで、goo映画のコメントに「ぐにゃぐにゃした」という評言がありましたが言い得て妙、50代のオッサン的には見ちゃいられん感じにもなりました。ラブコメ成分はもう少し控えめな方がよかった。
 映像は非常に綺麗で、光線のキラキラした感じは、角川文庫版の眉村作品を一手に引き受けていた木村光佑を意識した、というかリスペクトが篭められているのかな、などとふと思いました。
 ラストのゆくたてが「時をかける少女」に似ているようで、ちょっと気になった。あるいはそれを否定するためか、エンドロール後にワンシーンあるのですが、不要だったんじゃないでしょうか(^^;
 ともあれ非常に面白く、最後まで真剣に観てしまいました。そのうちレンタル化されたら、もう一回観てみようかな。
 下は映画館でもらったおみやげ(汗)
 

Re: 斎藤さま

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月14日(水)11時59分38秒
返信・引用
  斎藤さん
 お返事が遅くなりました。
 この掲示板の下に「管理者へメール」というボタンがありますから、そこから住所等ご連絡下さい。
 よろしくお願い致します。
 

Re: 斎藤さま

 投稿者:斎藤  投稿日:2012年11月13日(火)23時07分52秒
返信・引用
  管理人さん、こんばんは。

チャチャヤング放送の録音CDの件、本当に嬉しいお話をありがとうございます。
眉村さんのDJは、全く聴いたことがなく、聴きたいなあとずっと思っていました。
是非是非、お言葉に甘えさせて下さい。
私の住所等は管理人さんへメールでお知らせするで良いでしょうか。
ご指示頂ければと思います。

もう、一方的にお願いだけの返信投稿となってしまいまいました。
申し訳ありません。
よろしくお願いします。

以上です。
 

斎藤さま

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月13日(火)13時08分52秒
返信・引用
  > No.4037[元記事へ]

斎藤さん

 わ、ご投稿にいま気づきました。もうしわけありませんm(__)m
 そうしますと家族どおしのお付き合いだったんでしょうかねえ。としますと、チャチャヤン最終回でのあのぐだぐだぶりも分かりますね(>おい)

>対談集
 私もそれはぜひぜひ期待したいです。じゅうぶん一冊の本にできる量はあると思いますよね。

 肉声ということですが、いただきものでチャチャヤングの放送を録音したのを(もちろん全部ではありません。合計数時間分です)所持しています。もしよかったらCDにコピーしてお送りしましょうか?
 

「ねらがく」

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月13日(火)12時09分40秒
返信・引用
  『眉村卓コレクション異世界篇V夕焼けの回転木馬』の感想文(掲示板記事をまとめたもの)をチャチャヤン気分にアップしました。かなり加筆しましたので、そちらで読んでもらえるとありがたいです。→http://wave.ap.teacup.com/kumagoro/245.html

 さて、今日は「ねらわれた学園」を観に行ってきます(^^)。が、夜は飲み会なので、感想は明日以降にでも。

 『スチームオペラ』に着手。
 

「眉村卓コレクション異世界篇V夕焼けの回転木馬」読了

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月12日(月)22時42分2秒
返信・引用 編集済
  > No.4038[元記事へ]

承前。
「照りかげりの旅」『幻の季節』(81)初出。著者言うところの「旅先での怪異もの」(巻末自作解題)の一篇。旅ものでは『異郷変化』が私は好きなんですが、本篇は、その手の作品群の中でもかなり暗調で、主人公は行く末を迷いに迷っています。天候までもがそれに追随して最後まで日が差すことがありません。
 主人公は著者自身を彷彿とさせますが、解題によれば、執筆の最中の著者はそうは思っておらず、今回読み返してそれに気づいたとのこと。
 ところがこの作品、雑誌初出が<小説CLUB>80年2月増刊号で、てことは前年の年末頃には完成していなければならないのですが、その前年である79年の10月に、著者は泉鏡花賞を受賞しているのです。つまり気分的には高揚期であっても不思議ではないのに、その受賞からわずか2か月後に書き上げられた作品が、このような暗調のものになったというのは、しかも執筆中には主人公が「当時の私(著者)のデフォルメ」であることに気づかなかったというのは、そして著者自身は本作をあまり気に入っておらず「正直、懐かしいとは思わない」と述べているというのは……。この心理、非常に興味深いのですよねえ。

「思いがけない出会い」『疲れた社員たち』(82)初出。<異世界篇三部作>に通底する「いま在る自分」と「別の可能性の道を進んでいる自分」というテーマを、ほとんどショートショート的な軽いアイデアストーリーに乗せて、対峙させた作品。あまり深く考えこまない(口笛でも吹いていそうな)ラストが飄々として印象的。

「うつつの崖」は初出『出張の帰途』(90)。いわゆる<日生もの>の一篇。会社員時代の内的悪夢をファルス仕立てに仕上げられた作品で、「勤め人」の経験がある読者には身に覚えがあって苦笑してしまうのではないでしょうか。それとも「アイタ!」と小さく呟くのでしょうか(笑)。

 ということで、以上、眉村卓『眉村卓コレクション異世界篇V夕焼けの回転木馬』(出版芸術社12)の読了とします。

 これにて<異世界篇>は無事完了。めでたしめでたし。編者の日下三蔵様、ご苦労さまでした。さて、次のコレクションは何でしょうか? 私は<未来社会篇>を期待したいなあ(^^;
 

「夕焼けの回転木馬」読了

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月11日(日)22時52分49秒
返信・引用 編集済
  『眉村卓コレクション異世界篇V夕焼けの回転木馬』より表題作読了。
「ALWAYS三丁目の夕日」という映画がヒットし、それからしばらく同傾向のドラマやら映画やらが盛行したように記憶していますが、残念ながら私は見ていません。おそらく「過去の美化」に警戒心が働いたんでしょう。
 本篇「夕焼けの回転木馬」も、タイトルだけ見れば、同傾向の作品のように見えるかもしれません。全然違うんです。本篇の一方のモチーフは、振り捨てられてしまった過去が恨みを残して(嘘(^^;)、それを振り捨てた末にいまここに在る・定在(ダーザイン)している主人公に対して引き戻しを画策するものといえます。
 人は、生きていくかぎりにおいてその都度決断し、向かうべき道を選択します。いや歩いたあとに道ができるのです。
 ということを逆に言えば、その都度都度において、選択されなかった道が残されるわけです。
 選択されなかった道は、そこで途切れてしまうのでしょうか。そうではない。これは著者の作品にはおなじみの観念ですが、その都度都度に枝分かれした(主人公によって選択されなかった)道も、実は(それを選択した別の当人によって)踏み固められ道として続いていっているのです。
 余談ですが、『ぬばたまの…』は、かかる振り捨てられた・敗れ去った可能性を体現する主人公の物語だったわけですね。
 閑話休題、ではなぜ主人公は、過去につけこまれたのでしょう。
 それは主人公自身が、過去のターニングポイント(複数)に思いを残していたからです(この道でよかったのか)。
 結果として主人公は、過去に立ち返り、そのターニングポイントを再体験します。実はこれ、精神分析で言うトラウマの再体験による寛解と同じ機制なんですね。
 一方、もう一人の主人公は、かかる分岐宇宙、「主人公からすればあり得たかもしれない別の時間線」をぴょんぴょん横断しつつ体験し続けます。
 これは、前者の主人公の立場が、ダーザインをゼロ世界として特権化するのであるに対して、後者の立場は、それを無化してゆくものです。ゼロ世界は特権的な世界ではなく、同じ可能性を持って存在・並在する数ある世界のひとつであるとして。(追記。実はここもイーガンとは違っていて(後述)、すべての時間線の主人公は物理的に別人ですが、意識的には同一人物のようです(ソーザイン)。ただ認識・知覚できるのはひとつの世界のみという感じでしょうか)。

 こう書くと、あっと気づかれるかもしれません。要するにイーガンが上から見下ろして俯瞰した世界観を、眉村さんは下から見上げる立場で(もしくは等身大の視点で)書いているんですよね。ですから多元宇宙論はイーガンのそれのように体系的では、一見ありません。下から見上げるのでは見えない部分(死角)があるからです。しかし結局は同じ世界観を描いているように私には思われます。著者がイーガンを読んでいるのかどうか、とても興味を惹かれます(もっともすべて同じ訳ではありません。イーガンのそれは超客観的な「冷たい」世界ですが、著者の場合は主人公の主体性(アンガージュマン)に相関する「熱い」それであるという違いがあるように思います。まあ上と下に対応するわけですが)。
 さて、そういう世界観において、本篇は二人の主人公を配し、どちらも著者の分身ですが、ひとりは過去に立ち返ってこの道でよかったのかという葛藤を再体験により解消し、今一人の主人公は、無限にあるすべての並行世界、すべての時間流において、自分の意思を未来へ向かって徹底させるという、とんでもない壮挙に出ます。その意味で著者は、前者には過去、後者には未来を担わせているのかもしれません。
 いやこれはすごい小説ではありませんか。
 本篇は《異世界篇》三部作の最終篇ではありますが、同時に前二作の境地を取り込み総括するものでもあるといえるのではないでしょうか。
 巻末の自作解題で著者は、単行本で出版し書評でどう扱われるか知りたかった、と書いていますが、むべなるかな、それだけの自信作・会心作であったということですね。実際私も、当時の純文学方面からの反応を知りたいなあ(とりわけ戦中戦後の心象風景の描写について。ここだけ取り出して短篇化したら完全に純文学です)、と感じますが、ほとんど知られなかったんではないでしょうか。その意味では不遇な作品であったといえるのかもしれません(だいたいSFの賞も取っていないのが不可解)。

 とまれ堂々たる傑作長篇SFで、存分に堪能いたしました! ということで、引き続き残りの短篇に着手。

※角川文庫版(86)及び黒田藩プレス版(04)には「回転木馬」に「メリーゴーランド」のルビがありますが、本書ではなくなっています。
 

Re: 「ねらわれた学園」ロードショー

 投稿者:斎藤  投稿日:2012年11月11日(日)22時08分16秒
返信・引用
  > No.4035[元記事へ]

管理人さん今晩は。
眉村さんと藤本義一さんとの関わり、そして「ねらわれた学園」の映画化という2つのことが関わったことで、思い出したことがありましたので、投稿させて頂きたいと思いました。
藤本義一さんの奥さんで、統紀子さんとのラジオ番組での共演です。
1981年の1月2日にNHK・FMで放送された「私のラジオ年賀状」という番組でした。
統紀子さんがメインパーソナリティで、眉村さんがゲストで朝の7時台に40分で放送されました。
実はこの年は「ねらわれた学園」が初めて映画化された年で、この番組の中で統紀子さんがこの話題に触れ、眉村さんが学園物を書く時に考えていたこととか、そもそもなぜSFなのか、等、エッセイでは語られていないような色々興味深いお話をされていました。
私が眉村さんの肉声を初めて聴いた番組でした。
番組の中で、統紀子さんと眉村さんが、とても気さくな会話の掛け合いをされていて、眉村さんの娘さんのことにも統紀子さんから触れたりと、旧知の親しい間柄であることがよく分かるトーク内容でした。
考えて見ると、エッセイとは別に、いわゆる対談集のような単行本は出版されていないような気がします。
ラジオやテレビなど色々ご出演されていると思いますので、対談集として単行本化されて欲しいなあと改めて思いました。
 

横溝正史生誕地碑建立記念イベント

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月11日(日)13時28分14秒
返信・引用 編集済
   今年も横溝正史生誕地碑建立イベントが、下記の次第で開催されます。
 一昨年、去年と、二年にわたっての中相作先生の連続講演が大好評だったそうですが、今年は論創社編集部員にして「新青年」研究会会員の黒田明氏が、すぐる年論創社より刊行された『横溝正史探偵小説選 (論創ミステリ叢書)』の編集に携わってのあれやこれやのウラ話などをご披露いただけるようで、今年もまた、横溝ファン、探偵小説ファンはみのがせないイベントであると思います。ふるってご参加いただきたいと思います。


 チラシ↓(クリックで拡大)

 

「ねらわれた学園」ロードショー

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月10日(土)22時43分54秒
返信・引用 編集済
   いよいよ今日から「ねらわれた学園」が全国で封切られました。もう見に行かれた方はいらっしゃるでしょうか? 私は、たぶん今日明日は混んでいると思うので、平日に行く予定です。
 いろいろ聞いたり調べたりしたところによると、原作からは大分(現代にマッチするよう)変更が加えられているみたいですね。どのように変わったのか、それを見るのも楽しみのひとつであります。

 眉村先生はこのようにおっしゃっていますね→メッセージ(眉村さんの名前の後ろの「>」印をクリック)

 中村亮介監督の制作意図はここで読めます→インタビュー。なるほど、ヒーロー像が変わってしまっているのか。60年代マンガ(アニメ)のヒーローへのアンチテーゼなのか、と当時の少年は思うわけですが、いまの少年には60年代の事情なんて関係ないわけで、アンチテーゼという認識もありえないわけでしょうね。

 また本日初日ながら、試写会で見られた方でしょうか、早くも感想が上がっています→ねらわれていない学園。きちんと見てはりますね。しかもこれは監督の意図に対する批評ともなっていて面白い。
 どちらの意見も聞くべきものがあるように思います。
 さて、それでは私は、どのようにこの映画を見、何を感じるのでしょうか。おそらく来週になるでありましょう鑑賞記をお楽しみに(^^;

 
 

英語立国オーサカ

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月10日(土)14時22分23秒
返信・引用 編集済
   大阪市では今後小学校から英語教育に力を入れるみたいですが、これはどうなんでしょう。無意味だと思うなあ。
 この新教育を受けるものが、実際に社会に出ていくのは、20年後じゃないですか。
 そのころには、翻訳ソフトが劇的に進化していると思うんですよね。
 なんたって、星新一ロボットが5年以内に完成するのです。その優秀なロボットに、この100年分くらいの海外のニュース記事とその翻訳を、対で食わせまくれば、今でこそ出来損ないの訳文しか作らない翻訳ソフトですが、格段に精確な翻訳をするんじゃないでしょうか。
 経験的にいって、英語力ってどれだけ例文を暗記しているかに正比例するものであるように思うんですよね。つまり日々話される(書かれる)英文は、すべて過去に書かれたニュース記事等の文中に同じ構文や単語の使い方が含まれているはずなんです。
 だいたい暗記はコンピュータのもっとも得意とするところでしょう。人間の記憶力の比ではありません。過去に書かれた、かつ翻訳のある、英文と訳文をすべて記憶するなんて、お茶の子さいさい河童の放屁を待つまでもありません。
 それを星新一なみの「日本語」力「アナログ」力を有するロボット(AI)が光の速度で検索し構文を重ねあわせたりして「推測」し、訳文を確定するのですから、まさに鬼に金棒。
 むろん詩や前衛小説みたいな言語感覚は難しいかもですが(てことは星新一ロボットを作るよりもハードルは低いのではないでしょうか。「といえなくもないこともない」なんて文章を食わされたら、「え、いえるの? いえないの? いえるの? いえないの?……」と無限ループしてしまう可能性があります)、日常かわされる会話なら(あと分野に応じてその分野独自の特殊用法や専門用語を付加すれば)、簡単に、即座に翻訳してくれる時代が、20年後に到来していても全然不思議ではありません。ケータイ電話(の20年後の進化機)には翻訳機能が搭載されていて、目の前の外人が喋る言葉が、イヤホンから即時に日本語として聞こえてくる。外人は外人でやはりイヤホンを耳に挿していて、こちらがしゃべる日本語を即刻母国語として聞き取っている。というそんな光景が目に浮かんできます。
 そんな時代に、英語教育特化のため他の教科を蔑ろにされて(いるに間違いありません)大人になった大阪人が、社会に出てゆくわけです。

「あーきみきみ、きみの特技はなんだね」
「は、英会話であります」
「あのね。今の時代、英語なんて、なんの特殊技能でもないよ。おとといおいで」

 最大の特技である英語力は、今や全く社会人としての武器とはならず、しかもその他の教科については他府県人よりも確実に劣っているという、そんな大阪の青年たちが20年後の日本で、仕事もなく貧困にあえいだりすることにならなければよいのですが。
 

眉村さん情報:お蔵入イラスト

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月 9日(金)22時34分55秒
返信・引用 編集済
  『眉村卓コレクション異世界篇V夕焼けの回転木馬』は150頁。味わって読んでいるので時間がかかっています。前回読んだのは八年前に出た黒田藩プレス版でしたが、うーむ、わずか八年前なのにずいぶん忘れているなあ。

 本書、アマゾンではブサイクにも発売即日品切れをきたしていましたが、ようやく補充されたようです→Amazon
 しかし「1点在庫あり。(入荷予定あり)」って……。まあ3冊入って2冊売れたのかもしれませんが、いつもながらみみっちい発注で歯がゆくなりますなあ。たまには100冊くらい、どーんと入れたらどないですのん>アマゾンさん。

 版元の出版芸術社さんがツイッターで、本書用に眉村さんが描いたイラストのうち、使わなかった分を「こっそり」(笑)公開されていましたので、リンクしておきましょう。ただしどうかご内密に(^^;
 作品1 作品2
 

ライブ・アット・スモールス

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月 8日(木)21時24分39秒
返信・引用 編集済
   いま、ニューヨークのジャズクラブで引っ張りだことのこと。分かりますねえ。




 このクラブはスモールス。常盤武彦さんの『ジャズでめぐるニューヨーク』にも出てくる名門ジャズクラブです。ただしこの本にはシリル・エイミの名前はありません。2006年出版のこの本時点では、まだ登場してなかったのですね。
 それもそのはず、検索していてびっくりしたのですが、シリルは2007年に「モントルー・ジャズ・フェスティバル・コンペティション」で優勝し、2010年「セロニアス・モンク・インターナショナル・ジャズ・コンペティション」でファイナリスト。つい先月は「サラ・ヴォーン・ヴォーカル・コンペティション」に優勝した、まさに今、飛ぶ鳥落とす勢いの新進気鋭ジャズシンガーなのでありました。しかも1984年生まれ、って、うちの娘よりひとつ年上なだけじゃん。ひょっとしたら同級生?◎◎; 
 

Re: ようやくのことで

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月 8日(木)17時49分21秒
返信・引用
  段野さん
 いやそれは2冊売れてしまったのですよ!
 ジュンク堂には補充要請のメールしておきましょうか(^^;

 ちょっと読む時間がなくて、私は現在120頁あたりです。ようやく3分の1。鞭を入れなければなりません。


 

ようやくのことで

 投稿者:段野のり子  投稿日:2012年11月 8日(木)14時32分24秒
返信・引用
  皆様に遅れること数日、ようやくのことで「眉村卓コレクションV」を購入いたしました。ジュンク堂西宮店で三冊揃い踏みで面出しで並んでおりました。まるで横綱土俵入のようで、まことに圧巻でありました。ジュンク堂大阪本店では一冊づつ面出しでしたので、感激もひとしおでした。  

キャットウーマン

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月 7日(水)22時04分20秒
返信・引用 編集済
   じゃなくてスキャットウーマン!

 

眠る秋

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月 6日(火)21時54分58秒
返信・引用 編集済
   夕方、交差点の信号待ちで停車したところ、真正面から西日が。まぶしくて思わず目をつぶったら、そのまま眠ってしまい、後ろの車のクラクションで目が覚めました。まどろみの秋ですなあ(>違)

 秋深し隣で居眠りする人ぞ

 講評。気持ちのよい秋日和、ふと誘われて公園のベンチに腰を下ろした。右隣のベンチではおばさんがこっくりこっくりしている。まどろみの秋なのである。左隣では、おじさんが首を後ろに倒し、いぎたなく大口開いている。気になって後ろを見れば、こっちはベンチに横になってぐっすり白河夜船。おどろいて前に向きなおれば、いつのまにかずらりとベンチが並び、様々な格好で人が眠っている。慌てて立ち上がりぐるりと見回す。すると360度、目路の届くかぎり、眠る人を座らせた無数のベンチが、遠近法に則って地平線まで拡がっていた。ムンクの叫びの人物よろしく、両手で頭を押さえ、思わず叫びだしそうになった作者の姿が目に浮かぶようだ。秀句である。

 3週間後にはもう、今年最初の忘年会があるのですよ(しみじみ)。

『眉村卓コレクション異世界篇V夕焼けの回転木馬』は40頁。
 

Re: 実はインテリのラファティ

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月 6日(火)00時45分3秒
返信・引用
  > No.4026[元記事へ]

らっぱ亭さん
 や、井上さんは会われたのですか! その話聞きたかったですねえ。
 両面備えていた可能性がありますね。最近そんなことを考えています。
 躁期と鬱期で極端にパーソナリティが違っていたとか。
 それ以上に私の裡でしっくりするイメージがあって、それは、ふだんは知的で物静かなのだが、人がたくさんいるパーティ会場みたいなところが苦手で、そんな場ではとりあえず酒を飲んで酔っ払ってしまおうとする。そして酔っ払ってしまうと、今度は気分がムダに高揚してきて、bangとぶつかって行ったりしてしまう。なんか北杜夫的ですが、そんなイメージが出来上がりかけています(^^;
 

実はインテリのラファティ

 投稿者:らっぱ亭  投稿日:2012年11月 6日(火)00時15分29秒
返信・引用
  井上央さんが実際に会われたラファティはむしろ線の細いシャイなインテリだった、というお話でしたね。メリルの「知性のかけらも感じられない」ラファティのエピソードも、本邦に「酔っぱらいおじさん」イメージを定着させた一因でしょうね。  

Re: 案の定

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月 6日(火)00時05分56秒
返信・引用 編集済
  > No.4024[元記事へ]

 斎藤さん
 お久しぶりです。
 予約購入は到着が遅くなる場合が多いんですよね。
 だから私は、予約から在庫に変わった瞬間を狙って注文をかけるのですが、最近はこんな風に、初回分の品切れが極端に早くなってきていて、それもなかなか難しくなって来ました(はっ、みなその手を使い始めたからかも)。
 やはりリアル書店が頼りになりますねえ。

 とまれ無事、異世界篇全三巻が出版され、よかったです。
 次はジュブナイル篇でしょうか、未来社会篇でしょうか、宇宙篇でしょうか(笑)いずれにしても期待して(ただし気長に)待ちたいと思います。
 いやその前に、創元文庫の『引き潮のとき』全5巻ですね!

 さて、野阿梓『銀河赤道祭(上)』(ハヤカワ文庫88)読了。
 下巻はちょっと休憩して、先に『眉村卓コレクション異世界篇V夕焼けの回転木馬』に着手します。

 

Re: 案の定

 投稿者:斎藤  投稿日:2012年11月 5日(月)22時47分9秒
返信・引用
  > No.4023[元記事へ]

>  今日は発売日やなかとね!!

管理人さん、こんばんは。
1,2巻はアマゾンで予約購入しましたが、発売日よりも数日〜一週間位遅れての発送になっていて、結構ドキドキさせらたこともあり、今回の第3巻は、アマゾンをやめ、近所の丸善で購入することにしました。
今日発売日なので、会社を定時で切り上げ、丸善に直行です。
1,2巻の時には平台に積まれていたので、今回も同じ光景を期待しながら単行本コーナーへ。
平台には無く、慌てて棚の中を確認。
1,2巻と並んで、今回の第3巻がありました。
一冊だけの陳列でしたが、無事購入出来ました。
「夕焼けの回転木馬」は、最初の角川文庫版、黒田藩からの完全版、そして今回の異世界シリーズ版と3回目の購入となりました。

 

案の定

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月 5日(月)19時59分27秒
返信・引用 編集済
   怒!!

 [一時的に在庫切れ; 入荷時期は未定です]

 今日は発売日やなかとね!!
 

「ねらわれた学園」今週土曜ロードショー

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月 5日(月)18時53分36秒
返信・引用 編集済
   THATTA ONLINEの大野万紀さんの時評(?)を読んだら、芦辺拓『スチーム・オペラ』が紹介されていました。おお、これは面白そう。スチームパンクではなくスチームオペラというのがいいではありませんか。近々読んでみようと思います。→「内輪」

 あと、『宇宙へ』が取り上げられていて、真空被曝の描写(言及)について疑問を呈されています。そうだった。私もそれは気になっていたのに、感想文で書き落としてしまいました。
 著者は『地球光』を読んでなかったのかな。『地球光』のあのシーンは、ハードSF10大シーンにゆうに入る名場面(そんなのがあればですが)(^^;。少なくとも私が『地球光』で覚えているのは、あのシーンだけです(>おい)。というのも問題ですが、それほど印象的な(常識を覆す?)シーンでした。つまりコアなSF読者はみんな気になった(たぶん仲間ウチで、あの描写正しいの?と確認し合った)部分なので、その意味で印象的にちょっとマズかったですね。

 同じく大野万紀さんの「京フェスレポート」に、ラファティ企画のまとめが載っていて、ラファティを知性の作家として位置づける話も出たみたいですね。これは私も大いに同感。「酔っぱらいで天然なおじさん」という流布するイメージは伊藤典夫の(無意識の)捏造だと、私も思いますね。ということをここで少し述べました。

 それはそうと、アニメ映画「ねらわれた学園」、気づけば今週末からロードショーではありませんか!→大林監督もエール
 チラシをアップしておきましょう。(クリックで拡大)
 

Re: 「ジョン・カーター」「カウボーイ・ビバップ」

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月 5日(月)13時59分52秒
返信・引用 編集済
  > No.4020[元記事へ]

 小説の場合武部ソリスは、読者にかなり共通イメージをもたらしましたが、そうでなくても読書は、基本的には各人が各様のイメージを想像しながら読むという形式を取るため、映画化でイメージを決めつけられると不満になって当然なんですよね。
 だから原作を読んでから見ると、不満が残りがち。先に見ておく分にはあまりそういうことにはならなかったりするような気がします。
 今回、私はさほど不満と思わなかったのは、もともとジョン・カーターやデジャー・ソリスに思い入れがなかったからでしょう。火星シリーズは、最初から、敵役のほうに感情移入して読んでいましたから。だから毎回、最後にヘリウム側が勝つので、がっくりして読み終わるのでした(おい)(^^;
 

Re: 「ジョン・カーター」「カウボーイ・ビバップ」

 投稿者:雫石鉄也  投稿日:2012年11月 5日(月)05時20分26秒
返信・引用
  > No.4015[元記事へ]

>  さて、ごく一部の間でブームとなっている「ジョン・カーター」ですが、私も見てみんとて借りてきました。
>  いやー面白かったです。わたし的にはじゅうぶん合格点でした。

高井さんのとこにもコメントしましたが、この映画、客観的に見れば合格だと思います。
ただ、私たちおじんのファンは、「火星シリーズ」となると、パッと武部本一郎が思い浮かぶわけで、武部火星を、どうしても期待して観てしまうわけです。で、こんなんデジャー・ソリスちゃう、なんやこのタルス・タルカス、カマキリ人間かいな、と、なるわけです。
強い先入観を持った、固定ファンを持った作品を映像化する難しさですね。
ルーカスの会社を、ディズニーが買い取って、今後スターウォーズは、ディズニーが造るそうです。スターウォーズもファンが多いです。
「なんやあのダースベイダーは」「あんなガマみたいなヨーダあかんで、あれやったらジャバ・ザ・ハットやないけ」「今度のR2D2は『黒ひげ危機一発』やな」と、文句が出るでしょう。きっと。

http://blog.goo.ne.jp/totuzen703

 

「ペケ投げ」差し替えました

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月 5日(月)03時34分59秒
返信・引用
   当ホームページに掲載しております眉村卓さんの短編「ペケ投げ」ですが、このたび著者により改稿がなされましたので、改稿版と差し替えました→ペケ投げ

 この作品、ルビがついているんです。ところがワードでルビをふると、そこだけ行間が妙に間延びして見た目がぶかっこうなんですよね。何とかならないものか。
 何とかなりました。
 プリントアウトしてカッターで切り貼りして行間を詰めました(それをスキャナーで再び取りこんだ)。
 いわば写真製版みたいなことをやったわけですな。へへん。工夫すればなんとかなるのであります。
 いや自慢してるわけではありませんよ。やっぱり自慢かな(^^;
 

Re: 「チャチャヤング・ショートショート・マガジン」情報

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月 5日(月)01時54分54秒
返信・引用 編集済
  > No.4017[元記事へ]

 高井さん
 ここで西秋生と高井信を並べて別扱いしているのは、このメンバーの中ではプロという認識だからでしょう。
 ただし( )内の説明文は、二人にではなく高井さんにのみ掛かっているのだと思います。少なくとも岡本さん自身は、そのつもりで記述されていますね。
 で、その説明が、事実ではないわけです。おそらく「思い込み」で書いてしまわれたんじゃないでしょうか。
 ともあれ、訂正してもらえるようにメールしておきました。岡本さん個人のではなくTHATTA内のページなので、多少かかるかもしれませんが。

 それはそうと「メイリオ」フォントを使ってくれたんですね! 最近急に老眼が進んだので(パイロット版のせいだと思います>おい(^^;)、とてもありがたいです。ホント見やすくて目にやさしいフォントですよね(笑)
 

Re: 「チャチャヤング・ショートショート・マガジン」情報

 投稿者:高井 信  投稿日:2012年11月 5日(月)00時08分28秒
返信・引用
  > No.4016[元記事へ]

管理人さんへのお返事です。

>  岡本俊弥さんが、《チャチャヤング・ショートショート・マガジン》の紹介をして下さいました→岡本家記録とは別の話
 読みに行ったところ、首を傾げる記述が……。
>西秋生、高井信(当時投稿はなくリスナーだった)の名前も見られます。
 西さんはリスナーで投稿者で、作品が採用されたこともあります。しかし私は当時、番組の存在すら知らず、当然のことながらリスナーではありませんでした。このことは拙ブログでも何度か書いているんですけどねえ。
 

「チャチャヤング・ショートショート・マガジン」情報

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月 4日(日)23時05分6秒
返信・引用 編集済
   岡本俊弥さんが、《チャチャヤング・ショートショート・マガジン》の紹介をして下さいました→岡本家記録とは別の話

「元祖チャチャヤングでは、焦燥感/閉塞感、抑圧された願望、未成年なりの社会に対する問題意識、プラトニックな恋等々、これらが渾然となって凝集され、独特の掌篇」
 になっていたのに対し、本誌では、
「願望は既に過去にあり、プラトニックさはどこかエロティックな肉感を伴い、未知のものへの怖れは、既知でどこか醒めた思いに取って代わられている」
 との分析はさすがに鋭く、まさにそのとおりだと思います。

「今回は準備号で一般には販売されず、読みたくても部数が限られます」
 いえいえ、ご要望があれば頒布しますよ(^^)。先日も一部増刷しましたが、これまでで最高の仕上がりになりました。技能的にも習熟の度合いが上がっており、これからご注文には最高の品質のものをお届けできると思いますヨ。
 頒価は一部500円(送料込み)。ご注文は、本板一番下の[管理者へメール]からどうぞ。

「(たぶん)刷数が増える来年の正規版では、その辺りの捻りが読みどころになるでしょう」
 これ、今度の囲む会で要相談ですね。

 岡本さん、ありがとうございました。
 

「ジョン・カーター」「カウボーイ・ビバップ」

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月 4日(日)21時51分5秒
返信・引用 編集済
  > No.4014[元記事へ]

 高井さん
>「おいどの怪物」は田順彌さんでしたっけ?
 や、それは知らないです。覚えてないです。なんかうっすら、そういえば、という感じがしてきましたが、模造記憶でしょう(^^; しかし突然振られると、ネタがかぶったのかな、って、ギクッとするじゃありませんか。それともかぶってるのかな(汗)。

 さて、ごく一部の間でブームとなっている「ジョン・カーター」ですが、私も見てみんとて借りてきました。
 いやー面白かったです。わたし的にはじゅうぶん合格点でした。たしかにガジェットは視覚性を重視してかっこ良くなりすぎていますが、全体の世界観は大変懐かしく表現されていて、カントスカンが出てきたときは、おお、と少し涙ぐんでしまいました(>おい)(^^;。デジャー・ソリスはオリジナルより好みでしたね。続編があるのならぜひ観たいです。

 それで思い出しましたが、「カウボーイ・ビバップ」も、とうに26話、全部視聴しました。スペースオペラという観点からはだいぶ違っていましたが、よくできていて楽しめました。このシリーズ、脚本が持ち回りでなんですが、信本敬子脚本だけがすこし合わなかった。この信本さんという方が、シリーズ構成を担当していて、まあ重要なスタッフだったんでしょう、第一回と最終回を担当しているんですが、たぶんSFファンじゃない人ですね。最終回も、通俗的なハードボイルド仕立てで、そしてそれは、実はハードボイルドとは全然別物なんですが、こんな感じが好きな人が多いのはわかります。ただ私の趣味からするとすこし方向がずれていました。とはいえ全体通してみれば、充分見るに値するレベルに達したTVシリーズでした。
 

Re: みじかばなし集

 投稿者:高井 信  投稿日:2012年11月 4日(日)17時32分23秒
返信・引用
  > No.4013[元記事へ]

「おいどの怪物」は田順彌さんでしたっけ?
 違っていたら、ごめんなさい。
 

みじかばなし集

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月 4日(日)01時16分43秒
返信・引用 編集済
  [イドの怪物]
「いちまーい、にまーい……」
「……それ、井戸の幽霊だから」


[イドの怪物2]
 膨張し金星をも飲み込んでしまった終末期の赤い太陽が、まるでのしかかるように、舐めるように、その巨躯を地平線に沈めると、廃墟はしんと静寂に閉ざされた。
 人類はいない。人類どころか、動物も、植物も、死に絶えてしまった。焼けただれた地表に、動くものはなにもない。
 ほのかに黄昏の薄明を残していた地表も、やがて漆黒の闇となり、一方夜空は燦然と星が輝きを増した。
 深夜であった。
 と。
「いちまーい」
 か細い声がきこえた。
「にまーい」
 それは廃墟の、毀れた井戸の中から聞こえてくるのであった。
「さんまーい」
 人類が滅び去ってからでも既に数万年が経過していた。
「よんまーい」
 その地球の廃墟に、夜な夜なひびく声であった。
「ごまーい」
 人類の滅亡も知らず、その声は数万年、夜ごと廃墟にひびきわたった。
「ろくまーい」
 一夜も、休むことを知らない声であった。
「ななまーい」
 その恨めしげな声のほかには、虫の声ひとつない。
「はちまーい」
 哀しき妄執であった。
「きゅうまーい」
 声がそこまで数え上げたとき、卒然と天の一角がめくれ雷のような大音声がとどろいた。
「10枚っ!」
 井戸の声は絶えた。
 ふたたび地球の廃墟に、静寂が戻る――

 

眉村さん情報「藤本義一さんを悼む」

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月 3日(土)21時02分24秒
返信・引用
  > No.4011[元記事へ]

 高井さん
>50周年記念として『眉村卓・詩集』を出すのはいかがでしょう。
 それはよいアイデアですね。先生次第ですが、折をみてお伺いを立ててみましょうか。

 さて、昨日の読売新聞文化欄に、眉村さんの「藤本義一さんを悼む」が掲載されました。

「しかし、同じ物書きながら私は、藤本さんの直感力や発想、ものの見方に、たびたび驚いたり意表をつかれたり、へえと思ったりした」「六年半の会社勤めの後、SFを書いていた私には(……)藤本さんの世界が異質に映ったということだろう」「知らず知らずのうちに自己の世界に藤本さんの発想を取り込んできた気がする」

 一方、藤本さんは、
「彼が内野の守備をもっぱら観察していた時に、ぼくは外野を転々と歩いていた」「この興味の差が、現在の彼の作品群とぼくの描こうとしている世界の差のように思われる。ぼくが風俗の中の人間を描くのに対して、眉村卓の目は、チャランポラン組織、デタラメ機構の中の生真面目人間の生きざまをとらえていく。カウンターの中のグラス磨きと、店の外を歩く氷運びの違いがある」「こういうのが書き屋の資質というものではないだろうか」(『ワルのり旅行』解説)


 まことに好対照なお二人で、補完的な関係といいますか、それだからこそ気の合う友人同士たり得たんでしょうね。

 

Re: 「捩子」掲載作品リスト

 投稿者:高井 信  投稿日:2012年11月 3日(土)14時16分6秒
返信・引用
  > No.4010[元記事へ]

>  この同人誌に眉村さんが寄稿された作品を、尾川さんが調査して資料を送って下さいました。いつもながらありがとうございます。それをまとめてHPの方に「眉村卓「捩子」掲載作品リスト」としてアップしました。
 拝見しました。で、ふと思ったのですが――
>  主に詩ですが、文学論や編集後記や同人仲間が出した詩集に寄せた「跋」なども拾っています。
 50周年記念として『眉村卓・詩集』を出すのはいかがでしょう。もちろん、眉村さんの了解を得なければなりませんが。
 もし実現したら、めちゃ嬉しいです。どうぞご一考を。
 

「捩子」掲載作品リスト

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月 3日(土)02時48分19秒
返信・引用 編集済
   『眉村卓コレクション異世界篇Tぬばたまの…』の巻末「自筆年譜」の《昭和二十八年》の項に、
                     ねじ
 「四月、大阪大学法学部に入学。誘われて「捩子」という同人誌に参加し、主に詩を書く……」

 と、あります。
 この同人誌に眉村さんが寄稿された作品を、尾川さんが調査して資料を送って下さいました。いつもながらありがとうございます。それをまとめてHPの方に「眉村卓「捩子」掲載作品リスト」としてアップしました。
 主に詩ですが、文学論や編集後記や同人仲間が出した詩集に寄せた「跋」なども拾っています。
 ほぼ「眉村卓」以前の著作ということになりますが、大学卒業後も続けておられて、「捩子」への最後の寄稿が1960年8月号。その3ヶ月後の11月には「宇宙塵」に登場されているんですよね。
 その意味で、眉村卓以前ですが、ほぼ接続するかたちで連続的に眉村卓に移行したという感じですね。そういうふうな目で眺めると、なかなか興味深いです。
 詩から突然小説に移ったと見るとドラスティックですが、実際は詩からショートショートに移っていったという方が正確で、尾川さんからは掲載作品のコピーも頂いており、それを読みますと、眉村さんの裡ではそんなに違うことを始めたという感覚はなかったんじゃないかなあ、という気がしますね。

 とまれ、毎度のことながら、尾川さんには感謝、感謝。ありがとうございました。

 
 

「眉村卓コレクションV夕焼けの回転木馬」到着

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月 2日(金)18時23分56秒
返信・引用 編集済
   帰宅したら『眉村卓コレクションV夕焼けの回転木馬』(出版芸術社)が届いていました! ありがとうございました!!
 奥付は「11月5日第一刷発行」になっています。
 いま検索しましたが、アマゾンは「予約受付中」のままですね→Amazon
 てことで、皆さん4日は夜ふかしして下さいね。表示は夜更け過ぎに在庫に変わるだろう、サイデンナア、ホウデンナア、と思われます。
 変わったら即注文! そうないと、あー、あしたの今頃は、「一時的に在庫切れ; 入荷時期は未定です」になっているでしょう(^^;
 懲りないアマゾンですから、この予測はほぼ確実に現実化すると思います。お気をつけ下さい。

 中身については後日。

 あ、これだけは書いておかねば。
 巻末の無慮32頁にわたる「著書リスト」(日下三蔵さん作成?)は、圧巻ですよ!
 

藤本義一さん逝去

 投稿者:管理人  投稿日:2012年11月 1日(木)20時22分28秒
返信・引用 編集済
   昨日の読売朝刊に、眉村さんのコメントが載っていました。オンラインには出てないようなので、転載します。

 全身真っ黒の服
 作家、眉村卓さんの話「30歳過ぎの頃、小松左京さんらと京都・祇園で顔合わせしたのが付き合いのはじまり。全身真っ黒な服装で現れ、目を奪われました。長年一緒に飲みましたが、いつも先にへたばるのは私。私より長生きされると思っていたのに、残念です」


 眉村さんと藤本さんは、ウマがあったというか、本当に仲が良かったみたいですね。駆け出しの頃は、貸机を借りて二人並んで執筆したこともあったようですし、雫石さんも書いてましたが、チャチャヤン最終回に酔っ払って電話してきて進行を大妨害したのも、リスナーにすれば大迷惑ですが、オレなら許される、みたいな、オレオマエ的な一種の甘えがあったのではないでしょうか(もちろん酔いが覚めてから後悔したと思いますが。あ、覚えてないか(^^;)

 角川文庫版『ワルのり旅行』を引っ張りだしてきました。解説は藤本さんです。それによると、藤本さんが「入所」していた府大柔道部の壁には「打倒村上!」の張り紙があり、後年その村上が眉村さんのことだったことを藤本さんは知ります。「あ、こいつが阪大の柔道部の主将やった村上か」と(笑)。それは京都の会合で一緒になったときで、おそらく上のコメントの祇園がこの時だったんでしょう。

 またこれもあとから判明したとのことですが、眉村さんが学生時代、ミナミのアルサロでバーテンのアルバイトをしていたとき、その店に氷を納品するバイトをしていたのが藤本さんだったんだそうです(このエピソードは『新・異世界分岐点』のあとがきにも記されています)。こうなるともはや、前世の宿縁すら想起させられますね。

 宿縁といえば、眉村さんの最高傑作の一つであり、後年の私ファンタジーへの道を開いた『ぬばたまの……』は、藤本さん編集の《面白半分》に(前半は)連載されたのでした。この長編は、ある意味上記とは逆で、福島さんに原稿を渡すときのような、SFかくあるべしといった緊張感がなかったのが良かった作品で、それは眉村さんの藤本さんへの甘え(何を書いても許してくれるやろ)が良い方に作用していると私は思います。あ、こういう書き方ができるんや、と、眉村さんは開眼されたんだと思います。その意味で藤本さんは、今に至る眉村さんの方向付けに多大な影響を及ぼしているんですよね。

 藤本さんは以前からお加減がよくなかったようで、心斎橋大学の講義がつらくなって、眉村さんに肩代わりしてくれないか、という打診もあったみたいですね。実現しなかったみたいですが。

 ということで、眉村さんも、ずいぶんがっかりなさっているのではないでしょうか。「残念です」という言葉に万感の思いを感じます。

 藤本義一さんのご冥福をお祈りいたします。
 


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