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『SF宝石』は、上田早夕里「上海フランス租界祁斉路三二〇号」を読みました。タイトルは戦前、<上海自然科学研究所>が所在した住所。<上海自然科学研究所>とは「日本の外務省が日中*友好政策の一環として」「義和団事件で清国政府から得た賠償金の一部」を資金として、「中国**からの協力も得て」1931年に設立された<国際研究施設>で、実在した研究機関です。
(*瑣末なことですが、当時「日中」という言い方はあったんでしょうか。「日支」か「日華」が妥当なのでは? 読んで違和感がありました。また**に就いても、1931年当時国共合作は解消されており、共産党が実効支配していた地域があり、また5月には広州国民政府が分離したりしていて、少なくとも統一的な中国国家は存在しなかったので、ここは「南京(国民党)政府」もしくは「蒋介石政権」とすべきではないか。あとで調べる)
「科学に国境はない」との趣旨(少なくとも所員はそう考えていた)で設立された同研究所の化学科の責任者である「岡田家武」は、その信念のもと、研究に勤しむ一方で、和平工作にも関与していました。戦後も自ら望んで残留し、中国での研究にその生涯を捧げていたのですが、文化大革命が起こり、スパイ容疑で投獄され獄死します。その後、岡田の妻子も同じ容疑で強制収容所に連行されます。
以上は、現実の歴史。
さて、この時間線の(たぶん)遙か未来、人工的に「並行宇宙」を作り出せる装置が開発されます。この装置を使って、過去のある時代を「時限的」に作り出す事が可能になっています。そしてこの未来世界では、「歴史にもしもはない」といわれるわけですが、この装置を使って、その「もしも」を起こしてしまい、そうして作った「改変並行歴史」を「事実である歴史」と比較対照する学問が行われているのです。
ひとりの未来の歴史研究者が、その研究対象として第一次、第二次上海事変にターゲットを絞った改変並行宇宙を作り、観察しているうちに、「岡田家武」の存在に気づく。その高潔な人格を知り、且つ、そのあまりにも悲惨な運命を惜しんだ研究者は、彼が中国大陸にやってこず、日本で幸福な研究生活を全うするように、改変パラメータを操作します。これで「岡田家武」は、悲惨な運命を免れた。未来の歴史家はほっとする。ところが、その「空白」にいつのまにか、「岡田家武」とは見た目はまるで違うが高潔な人格が瓜二つの、「岡川義武」という化学者が、するりとはまり込んでいたのです!? そして本篇は、この「岡川義武」が主人公の物語なのです……
いや面白い。昔、山田正紀が書いていて最近とんと見かけることがなくなった現代史SFです。しかも舞台が私の大好きな大戦間上海――とくれば、これは面白くなかろうはずがありません、と言うのは主観的な要素ですが、現代史に並行世界を、しかも「制御可能な並行世界」というオリジナリティあふれたアイデアを付け合わせてしまう大技は、まさにSFの醍醐味というべき。大傑作でした(^^)。
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「SF宝石」(4)
投稿者:管理人 投稿日:2013年 8月28日(水)22時29分42秒『SF宝石』は2篇。
井上雅彦「アフター・バースト」は、『SFジャック』に収録されるほうがふさわしかったような心・身SF。人間の行動をシュミレートするために作られた、<意識>を持ったロボットが<死>に、次の瞬間、彼は上方から自分の体を見下ろしていた。臨死体験? そもそもロボットである自分に、幽体離脱などできるのか。実は<クラウド>領域への、データの全量退避だったのです。が、その事実は彼に、人間の幽体離脱の意味を推測させます。最後のオチは、この作家ならではのもの。しかしそこへ持っていきますか(笑)
田中啓文「集団自殺と百二十億頭のイノシシ」は、昔、筒井康隆が書いていて最近とんと見かけることがなくなったストレートなスラップスティック風刺SF。わはは、面白い。宇宙人の格安ツアー過当競争が招来した人類滅亡の危機に際し、強引に世界をリードしてきたニッポン国安倍野首相は病気を理由にさっさと退陣してしまうのであった(>おいこら!)。ラストは「第四間氷期」ばりのポスト人類「継ぐのは誰か」SFとなります(>いやほんま)(^^;